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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘宝 ㉔

第24話 魔法陣停止作戦と、列車の秘密

「ともかく、まずは魔法陣を止める事だ。やるなら徹底的にな」
「どうすれば止まるんだ? やはり列車を止める事か」

 トウカの問いに、ウィルは頷く。

「方法は主に二つ。まずは魔法陣をなぞっている列車を止める事。そしてもうひとつは魔法陣の形を変える事だ。万全を期すなら二つともやった方がいい」
「魔法陣の形を変えるというのは、どういう意味なんですか?」
 今度はキラカが尋ねる。
「魔法陣っていうのは、正確さが求められる。つまり、必要な線や文字が書かれていないだけで発動しないんだ。逆に不必要な線があっても同じ事だ」

 ウィルは先ほど一部を消した魔法陣に、足先で線を足した。

「今回の場合なら、外側のレールを外すとか建物を破壊して崩すとかだな。ただ、下まで全部取り払わないといけなくなると結構大変だぞ」
 それを聞いたトウカが、ふむ、とすぐに理解したように頷いた。
「増やしてもいいなら、どこか人目につかない場所にテントを建てるのもいいかもしれない」
「テントだけなら、一時間くらいであっという間に建つからね。いくつか建てておけば、時間も稼げる」

 トウカとキラカの二人が頷いた。

「それじゃあ列車はどうするかだが、またあれをやるのか?」

 ウィルは盗賊達の十八番を思い浮かべていた。
 大砲だ。
 しかし大砲での襲撃も時間が掛かる。派手な襲撃になるぶん、鉄道警備隊は引きつけておけるかもしれないが、その間に連絡をされると困る。できることならもっと確実な手を使いたい。
 その視界の隅で、ぱっと手が上がった。

「じゃあ、乗り込もうぜ!」

 カナリアが言った。
 おもむろに目を向けると、ニッと笑うカナリアと目があう。

「そうか、お前がいたな。できるか?」
「おっす! 任せろ!」

 カナリアは自信満々で親指を立てた。
 トウカとキラカは不思議そうな顔をして見ていたが、とにかく二人に任せれば良いということにしたようだ。振り返ってキラカを見る。杖を持ち直して差し出す。

「キラカ、お前も半分持て」
「えっ。いや、僕は……」
「いいから」

 トウカとキラカは二人で杖を持ち、その場にかっと突いた。夕焼け色の魔石がきらりと光る。灰色だった石の時と比べて、自分達を鼓舞してくれるように思えた。

「全員、準備を進めろ!」

 おおっ、と住人達の声が響いた。

 翌朝、環状線にある小さな村では珍しく客が乗り込んできた。
 客は四人いて、一人は大人で、後の三人は皆子供のようだった。大人は荷物を手にひどく落ち込んでいるようだ。顔すら見えない。子供たちを先に乗せて、のろのろと乗り込む。
 昨日あたりからこうして列車に乗り込む乗客が増えていた。同じ環状線の駅が腐れ谷に浸食されたというのは、新聞を通じてあっという間に広まりつつある。こうした小さな村からも、オースグリフに逃げようとする住人が出てきたのだろう。きっと彼らもそうなのだ。
 とはいえ運転手である彼もまた、不安に駆られていないわけではなかった。腐れ谷がとうとうレールの中に浸食してきたなど、とうてい信じられなかった。自分の目で変わり果てた村を見るまでは。だが列車を止めるわけにはいかない。こうしてオースグリフまで逃げていこうとする乗客のためにも、列車を走らせ続けなければならなかったのだ。ハンドルを操作し、列車を動かしはじめる。せめて自分一人くらいは不安を見せてはいけないと思った。それが運転手としての矜持であり、職務だ。
 そうしてオースグリフまでもう少しというところまでやってきた。ここまで来るとほっとする。あと三十分もすれば、あの素晴らしいオースグリフへと帰れるのだ。乗客たちも安心するだろう。緊張の糸をもう少し張らなければ。
 だがその緊張の糸が不意に揺らされた。不意に運転席のドアが激しく叩かれたのだ。くぐもった声がする。

「なんだ?」

 運転手の男は振り返る。

「おおい、おおい!」

 ドアの向こうからだ。
 その間も、どんどんと運転席のドアが叩かれていた。

「開けてくれ、急患だ!」

 緊迫する声に慌てて立ち上がり、運転席を飛び出した。
 扉を叩いていた男と鉢合わせの格好になり、互いにびくりと肩を跳ねさせる。運転手はできるだけ落ち着いた声で言った。

「どうされました、お客様」
「弟たちの様子がおかしいんだ、も、もしかしたら腐れ谷のせいなのか?」

 男は焦った様子で、運転手の腕を掴んだ。ぎょっとする。だが、ここで自分が慌ててもどうにもならない。

「落ち着いてください。どうか冷静に」
「弟たちと一緒にオースグリフまで逃げるところだったんだ。も、もう腐れ谷の影響が出ているわけじゃないよな、大丈夫だよな?」
「大丈夫です、大丈夫ですから」

 男はずいぶんと参っているようだった。無理もない。
 だが急患となれば話は別だ。せめて車掌が乗っていれば。

「と、とにかくこっちへ来てくれ」
「わかりました」

 運転手はひとまず様子を見るために、男についていった。
 その間にも頭の中で何を言うべきか考えていた。列車の中に医者でも乗っていれば別だが、もしいなければオースグリフの医者を紹介して……と、この状況を切り抜ける術を考えあぐねる。
 そうして廊下まで連れてこられている間に、子供の一人とすれ違った。運転手はうんうんと考えこんでいたせいで、子供の行き先を深く考えなかった。だから、子供が運転室へと入り込んだのも見ていなかった。
 子供は運転席に入り込むと、頭のフードを取り払った。
 カナリアだった。じっと運転室の様子を眺める。運転室は機関室のような設備と一体になっていたが、どうやらこの「機関」は蒸気機関ではないらしい。

「あー、はいはい」

 カナリアはまじまじと内部を見回した後に、荷物に入れていたゴーグルを装着した。ピピピと音がする。ゴーグルのレンズに赤や緑の文字や記号が浮かび、具体的に解析された情報が次々に表示される。どんな機関が使われていようが、機械であるならカナリアには問題無いのだ。
 腰の荷物の中からスパナを取り出すと、くるくると銃のように回して宙に投げた。パシッと目の前でつかみ取る。

「ここがこーなってて、こう!」

 言うが早いか、機関室の内部をものすごいスピードで解体し始めた。運転パネルのナットを取り払い、パネルを剥がし、中で繋がったコードを的確に引っこ抜き、ちょっとやそっとでは修復できないレベルで解体していく。
 カナリアの自称メカニックは伊達でも嘘でもなく、瞬時に機械の構造を理解する能力と、操る能力にあった。それを自在にやってのける。なんの知識も無い一般人にすら、「アレ? ひょっとしてこれ自分にも理解できるんじゃない?」と思わせてしまうレベルで吸収していく。
 とにもかくにも構造を理解したカナリアは早かった。列車はゆっくりと停止に向かって、そのスピードを落としていく。それこそ最初は誰にも気付かれないようなスピードで。

 その頃、コンパートメントの一つでは男が運転手に二人の兄弟を見せていた。

「う……、うう……」

 苦しげに呻く兄弟の姿に、運転手は心を痛めたが、困った事に自分ではどうしようもできない。
 男は運転手の腕を掴んだまま懇願した。

「どうか診てやってくれ、金なら払う!」
「ええっと、僕は医者ではありません。もうすぐでオースグリフに着きますから、まずは医務室にご案内を――」

 ところがそこで、運転手は列車の異変に気がついた。
 最初こそは僅かな違和感だったものの、列車が次第に停車していくことに気付くと、驚いたように周囲を見渡した。

「えっ!? こ、これは……!? ちょっと、すみません!」

 運転手は男を払いのけるように、慌ててコンパートメントから出た。男は「あっ」と僅かな声をあげたまま、廊下へと押し出された。少しだけ申し訳なく思ったが、それどころではない。運転手が運転席へと戻っていくのを見ると、その瞬間、先ほどまで苦しんでいたはずの兄弟の一人が飛び跳ねるように立ち上がった。コンパートメントを出て素早く運転手を追う。トウカだった。
 廊下に押し出された男は、突然に冷静さを取り戻したように古びた帽子を取り払った。古びたコートも取り払うと、代わりに濃紺色のマントを身に纏う。
 コンパートメントに残ったもう一人も、苦しげな表情から一変していた。こっちはキラカだった。

「良し、どうやら止まったようだな」
「焦る演技もなかなかサマになってましたよ、ウィルさん」
「そりゃどうも……」

 複雑な気持ちで、ウィルは悠然とトウカを追った。
 キラカは今度は顔を隠し、他に客として乗り込んだ集落のメンバーと合流すべく廊下の奥へと歩き出した。
 その頃には既に、惨状に運転手は言葉を失っていた。何しろ機関部や運転パネルがご丁寧に一つずつ解体されつつあるのだから、言葉を失うしかない。

「な、何をして――」

 だがカナリアを止めようとした瞬間、背中側から飛び乗ってきたトウカにたたき付けられた。

「うっ!? き、きみは……」
「悪いな、運転手。この列車は占拠させてもらうぜ」
「ヒッ。盗賊!?」

 トウカが運転手を完全に拘束する。素早く手を縛り上げ、床に座らせて隅の方へと追いやる。
 今度は後ろからゆっくりとウィルがやってきた。運転室の中を見回す。

「無事に止まったようだな」
「オレ様にかかればこんなもんよ~!」

 カナリアがくるくると回したスパナを銃のように荷物の中にしまいこむ。

「この天才メカニックにかかればな!」
「……」

 これで事実なのが困る。ウィルは頭を掻いた。
 カナリアはうきうきしながら尋ねる。

「なあ、これ下の方も見ていいかな!?」
「そんな暇あるか」
「でもちょっと興味あるんだよなあ~。これ、蒸気機関でもないしさ。いったいどうやって動いてるんだか」

 ものすごい勢いで下のパネルのナットを外しはじめたカナリアに、運転手が焦る。

「ちょ、ちょっと! これ以上勝手に解体しないで!」
「まったく……」

 ウィルは放置を決め込み、くるりと振り返った。
 一歩踏み出したそのとき。

「うわぁ!?」
「うおお!?」

 響いた悲鳴に振り向く。

「どうした、カナリア!」

 そこには運転席の下を覗いているカナリアと、驚いたように目を丸めているトウカ。そして同じように驚愕であわあわと狼狽している運転手の姿だった。三人の目は同じところに向いている。視線の先を見る。

「は?」

 ウィルは目の前のものをすぐには信じられなかった。
 列車の内部には筋肉のような繊維が広がっていた。その繊維に管があちこちに繋がれている。だがなにより異様だったのは、その繊維の中に隠れるように、白く巨大な骨が伸びていたことだ。

「……な、なんだ……、これ?」
「バカでかい骨だ!」

 ウィルは思わず運転手を見たが、彼は哀れにも首を左右に振るだけだった。

「し、し、知らない! れ、列車の下にこんなものが……、ぼ、僕がこんなものに乗ってたなんて!」

 心から震えているようだった。どうやら嘘はついていない。ウィルは少しだけため息をついてから視線を戻した。

「こ、これは一体……」

 トウカも驚いていた。はじめて見るようだ。
 盗賊達にもわからず、そして肝心の運転手も何も知らされていない。列車にこんなものが隠されていたとは誰にも予想外だった。

「どこの骨なんだ、これは……」

 ウィルが言うと、カナリアも首をかしげた。

「でかすぎてわかんねぇ。指先みたいに見えるんだけど、太腿とかじゃないよな?」
「このでかさじゃまるで、竜の前足だ」

 ウィルは言ってから、ふと思い出した。
 竜が死ねば、冬がやってくる。
 そして竜が再び生まれ落ちた時、春がやってくる。
 つまりそれは、竜の生死とこの世界そのものが繋がり合っているということ。
 竜がいなくなったのと同時期にこの駅と国は整備され、魔法陣が作られた。魔法陣は中心にあるアンシー・ウーフェンへと、世界中から魔力を送り込んでいる。ならば、資源を生み出し続けるアンシー・ウーフェンが現れたのも、駅が整備されたのと同じなのではないか。

「まさか、あそこで竜が生き続けてるんじゃないだろうな……」

 ウィルが呟いたのと同時に、突然列車の無線が鳴り出した。

「うおっ!? 今度はなんだ!」

 叫んだが、カナリアはおもむろに立ち上がると、無線機を手にした。

「はいはい?」
『あ~! カナちゃん、はっけ~ん!』
「おー! シラユキ!」

 無線の向こうから脳天気な声が聞こえてくる。
 ウィルは呆気にとられた。

「シラユキ!? このタイミングでか!?」

 このタイミングで、次元の狭間と繋がったというのか。

『あ! ウィル君もいる~。元気だった!?』
「おう、オレもウィルも健康そのものだぞ! シラユキは?」
『私も元気よ! こっちからも何度も連絡しようとしたのよ。でも、ぜんぜん繋がらなかったの。探すのにも時間がかかっちゃって。二人ともお風呂でも入ってた?』
「そんなわけあるか!」

 ウィルは思わずつっこんでしまう。

『そうよねぇ。そんなに長くお風呂に入ってるわけないものねえ』
「……」

 どこからが本気でどこからが冗談なのかがわからなくなる。
 互いに連絡しあえる双子は脳天気が過ぎるとしか言えなかった。
 だが双子が繋がったということは、帰れる可能性が出てきたというわけだ。

『でも、こうしてちゃんと繋がったってことは、見つかったんでしょ?』
「見つかった? なにが?」
『なにがって、二人がその世界に閉じ込められた原因よ! それとも、閉じ込めた『なにか』だったの?』

 二人は何も言わずに、列車の内部で横たわる骨を見た。
 この骨が出てきた瞬間に、シラユキからの通信が入るようになった。
 物言わぬ骨が僅かにぴくりと動いた。まだ生きている。あるいは生かされているように管で繋がれ、列車という外殻の中で円を描き続けていた骨。
 思えば、この世界に閉じ込められた時も列車の中だった。列車にひとつとして例外なく竜の骨が使われているのならば、最果て迷宮の扉は竜の手の中に繋がったのと同じこと。扉を閉じ、二人を閉じ込めた指先は、最初からずっと目の前にあったのだ。

「じゃあ、オレ達をここに閉じ込めたのは……」
「……テメェか」

 だが名も知らぬ竜が何をそこまで切望しているのか。
 言葉を持たぬ骨は、何も語らなかった。

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