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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘宝 ⑲

第19話 襲撃、無銘なる黙示団

 外ではけたたましい警報音が流れていた。
 その合間を縫うように、アナウンスが帰宅を促す。

『オースグリフの皆さん。緊急警報です。『無銘なる黙示団』がこちらへ向かっています。いますぐに建物内へ避難してください。安全が確認されるまで、外へ出ないようお願いします。繰り返します、オースグリフの皆さん……』

 駅の方から、人間もトカゲ人も関係なく走ってくる。ばたばたと慌てて逃げていく人々の合間を、ウィルとカナリアは足早に駅へと向かっていった。完全に反対方向だった。だが二人を気にする者は皆無だ。

「みんな帰ってくな」
「そりゃそうだろ」

 帰っていく者たちだけではない。大通りから見える建物では、エプロンをした店員が外に出ていたメニュー看板やのぼり旗を一斉に店の中にしまい込んでいた。テラス席の傘を閉め、ありったけの椅子を中に運び入れる。その隣では細身のトカゲが「close」の札ごと扉の中へと飛び込んでいった。
 上層階では、住人たちが次々に窓を閉めていた。女性が外に置いてあった鉢植えを中に運び入れ、勢いよく木の窓を閉める。その隣の建物では、男が張り出し屋根の上に登り、硝子窓に木の板を打ち付けていた。上の階ではテンポ良く音楽のように右から左へ窓が閉められ、最後に同時に鍵がかけられた。
 誰だって巻き込まれたくはないのだ。

 駅に着くと、まだ駅員と車掌たちが騒がしく誘導を行っていた。
 落ち着いて、係員の誘導に従うようアナウンスが流れている。
 ウィルは駅員たちを一通り見回すと、見知った顔のトカゲを見つけて近づいていった。

「よう」
「ウィルさん!」

 振り返ったボオルマンが、安堵したような表情を見せる。

「すみません、このような時間に」
「構わない。だいたい事態は把握した」

 この状況を見ていれば、いやでも何が起きているかはわかる。

「いま、駅長がこちらに……」

 ボオルマンが言いながらあたりを見回したところで、手を振った。足早にやってきたのは駅長フリードマンだった。手を振ったボオルマンめがけて方向を変えると、すぐさまウィルの前で小さく頭を下げる。

「よく来ていただきました。ここは目立ちます、こちらへ」
「ああ」
「ボオルマン君、後は引き受ける。きみはお客様の誘導を。危なくなったら駅員たちも避難するように」
「わかりました」

 二人はフリードマンの案内で、駅の中へと入った。
 乗客たちが逃げていく通路を避けて、三人は駅の片隅で足を止める。

「敵の狙いはおそらく、アンシー・ウーフェンでしょう。あるいは、あなたがたかもしれません」
「だろうな」

 ウィルは肩を竦める。

「だが、奴らを退けるくらいはやるさ。依頼を受けた以上はな」
「おお、これは頼もしい……」
「駅長。アンシー・ウーフェン行きの列車はあるか?」
「アンシー・ウーフェンですか?」

 駅長はちらりと視線をやった。環状線ではなく、カナリアがアルバイトの時に乗り込んだ貨物車両だ。もう誰も残っていないらしく、乗っていた運転手だけが出て行こうとしている最中だった。

「今し方戻ってきたものがありますが」
「誰か動かせられるか」
「……まさか、向かうおつもりで?」
「途中まででいい。危険が迫れば俺が陽動する」

 駅長は少しだけ渋い顔をしたが、すぐに決断したようだった。

「わかりました。少々お待ちください。おい! ハストン君。ハストン君!」

 駅長がいましがた出てきた運転手を説得している間に、ウィルとカナリアは貨物車両へと歩み寄った。前の一列は運転席と乗車部分が一体になっているもので、その後ろは貨物車両が続いている。貨物車両を切り離せば、なんとかコンパクトになる。
 ハストンという名の運転手はどうやらすぐに決心したようで、すぐに二人に追いついた。事情は何も聞かず、すぐに貨物車両を切り離す。二人が列車に飛び乗ると、駅長が敬礼をした。

「ご武運を!」
「……ああ。駅長もな」
「行ってきまーす!」

 列車が勢いよく駅から飛び出していった。
 外は暗く、灯りのついた車内は向こうから見ても目立つだろう。ウィルとカナリアは背中合わせになって窓の外を見た。ちらりと進行方向を見ると、アンシー・ウーフェンが不気味に突っ立っていた。その姿を視界に入れると、すぐに目線を戻した。
 ガタンゴトンという列車の音だけがする。それ以外は妙に静かだった。明るい駅は次第に離れ、その姿を徐々に縮めていく。耳を澄ませ、目で暗い草原の中を探す。
 後ろでは、カナリアが目を閉じたまま神経を研ぎ澄ませていた。どこからかやってくる異音へと集中する。その集中が最高潮になった時、唐突に目を見開いた。

「来た!」

 叫ぶ。
 その声でようやくウィルの耳にも、騎乗竜の音が届いた。
 明らかにこの列車に向かって、騎乗竜の一団が近づいてきていた。列車の音にダカダカという足音が混じり、次第に大きくなっていく。そして窓の外に、ついにその一団は姿を現した。
 『無銘なる黙示団』だ。
 首領が率いるその一団は、列車に乗るウィルたちを確実に視界にとらえていた。隔てた窓の向こう側にいる互いの目線が交差する。
 一団の中には、前回と同じように荷車を引いている騎乗竜もいた。二匹の騎乗竜に引かれた荷車の上に、大砲が乗っている。弾丸がセットされ、列車の方を向いた。発射される。列車に直撃し、凄まじい音をあげる。

「うおっ!」

 列車が大きく揺れた。
 カナリアをマントの中へと引き込みながら、腕で防ぐ。
 続いて、二発目が発射された。列車の窓枠の下部分に当たったそれは、窓を割って落ちていった。風が入り込んでくる。

「まずいな。下手に外にも出れねぇ」
「なあウィル。ちょっと囮になっててくれ」
「……そうなるよな。人使いが荒いぞ小娘!」

 言いながらも、ウィルは列車の後方に向かって走り出した。外に出ると、詠唱無しで一つだけ片手に一メートルほどの氷柱を魔力で作り上げる。すぐさま指先を振り下ろした。氷柱が騎乗竜の足元に落ちると、その軌道を大きく膨らませた。騎乗竜が二匹ほど離れた間に、近くの騎手から弓矢が飛んできた。列車の影に隠れてなんとか避ける。
 その間にカナリアは一旦身を隠し、片手に装備したスリングショットに触れた。手首に填めるタイプのリストロケットだ。弾をセットし、ゴムに手をかける。僅かな窓の隙間へと移動すると、割れた窓の隙間からこっそりと覗き込むと、荷車を引く騎乗竜へと狙いをつける。列車の揺れをものともせず、じっとその時を待った。
 後ろの方では変わらず、氷柱が一本ずつ作られては投げられている。その合間に、再び大砲に弾がセットされていた。赤い瞳が、その前を行く騎乗竜を捉えた。目線は少し外し気味に、しかしスリングショットの軌道は的確に。

「そこ」

 手を離し、夜闇を切り裂いて弾が発射された。
 それはまっすぐ騎乗竜の眼球へと吸い込まれた。途端に騎乗竜は痛みで暴れだし、荷車が大きく上下した。慌てて、荷車の上にいた射手がバランスを取ろうとする。だが片方の騎乗竜は止まらなかった。
 突然の事に、他の騎手たちが大砲から離れると、列車はその間をすり抜けて大きく引き離した。

「怯むな! 追え!」

 首領が声を張り上げた。
 大砲の荷車が大きくバランスを崩したことで、射手たちはナイフで騎乗竜たちを切り離した。一匹がその場に転んで、ばたばたとその足を動かす。もう一匹は乗るべき主も引くべきものもないまま走っている。

「カナリア!」

 ウィルは列車の中に戻ってくると、そのまま運転席の方へ向かう。

「良くやった。あれを奪うぞ」
「正義の味方の台詞じゃねぇなあ」
「誰が正義の味方だ。俺はただの魔術師だぞ」

 ウィルは運転席の扉を開けた。ハストンという名の運転手はしっかりとレバーを手にしていたが、やはりどこか青ざめた顔をしていた。その肩を軽く叩くと、びくっと予想以上に肩を跳ねさせた。

「よく頑張った。ここからは俺たち二人がやる」
「ご、――ご武運を!」

 ハストンはごくりと唾を飲み込んでから、震える声で言った。すぐに踵を返すウィルの背中を見送る。
 続いて出て行くカナリアがにいーっと笑って敬礼をしていくと、ゆっくりと敬礼を返した。
 列車の扉を開くと、すぐ横に騎乗竜が走っているのが見えた。

「手綱は任せたぞ、カナリア」
「任されたァ!」

 二人はタイミングを見計らい、騎乗竜へと一気に乗り移った。
 カナリアは器用に騎乗竜の首の所に着地する。唐突に上に乗ってきた二人に、騎乗竜は一瞬声をあげた。

「おあっ!?」

 着地に微妙に失敗したウィルがバランスを崩しかける。そのマントを、カナリアが勢いよく引っ張った。ぐえ、と小さな声がしたが、構っている暇は無かった。

「しっかり掴まってろよウィル!」

 カナリアは手綱を持つと、額に付けていた愛用のゴーグルを下ろす。見た目はヴィンテージ風のレトロなゴーグルだが、中身の方はカナリアがカスタマイズした最新型だ。センサーが夜間を判断して暗視機能を付ける。視界が灰色に映し出された。さっきよりも夜の景色がよく見える。ピピピ、と小さな音がして、ゴーグルの中で動くものにマーカーが付けられた。視界は良好だ。後はカナリアの腕次第である。
 背後の方では勢いよく列車が止まり、すぐさま駅の方へバックしていった。
 風を切り、騎乗竜は列車からも駅からも離れていく。二人の乗る騎乗竜に、ダカダカと音を立てて近づいてくる一団があった。首領たちが追ってきたのだ。

「魔法使い!」

 見覚えのある虹色のターバンがたなびいた。夜なのに妙にはっきりと見える。
 首領が率いる一団が近づいてくる。

「また会えたな!」
「ああ。俺も一応、依頼は遂行しなきゃならんのでな」

 今にも振り落とされそうになりながら、片手にぐっと魔力を込める。まだ形にならない魔力が指先に集い、小さな灯りとなる。詠唱をはじめようとしたそのとき、首領が声を張り上げた。

「我がトウカ・ペチカの名において、命じる!」
「なにっ?」

 その言葉に一瞬ウィルは目を見開いた。まるで魔法の詠唱のような言い方だったからだ。
 だが、それは号令に過ぎなかった。

「射てっ!」

 おかげで一瞬、反応が遅れた。
 背後から一斉に弓矢が掃射され、二人の乗る騎乗竜へと降り注いだ。

「なーっ!?」

 後ろを見たウィルが思わず叫ぶ。

「わーっ!?」

 異常事態に気づいたカナリアが、慌てて手綱を右へ左へとコントロールする。ゴーグル内の視界では、危険信号を示す「WARNING!」の文字が赤く表示されていた。
 右へ左へと慌てて避けるせいで、騎乗竜が大きく混乱したように声をあげる。

「ウィル! なんとかしろよお!」
「わ、わかっとるわ!」

 ウィルの手に集う光がひときわ大きく輝く。
 その間につがえた弓矢が放たれた。

「遮れ! ――氷河の障壁!」

 詠唱が、集った魔力を形にする。六角形の透き通った氷の盾が周囲に幾つも現れ、蜂の巣のように組み合わさりながら弓矢を受け止める。防ぎきれなかったものが足元に落ち、その場に残された。

「よっしゃあ! スピード上げるぞウィル!」
「はあ!? こいつは列車でもバイクでもないんだぞ!」
「黙ってねぇと舌噛むぞお!」

 カナリアはまったく聞いていなかった。
 いつの間に騎乗竜の扱い方まで把握したのか、スピードをあげてそのまま振り切るように突っ切っていく。黙るしか選択肢はなかった。
 首領が再び号令を出し、その後を追う。次第に駅も街からも離れ、そしてアンシー・ウーフェンの隣を通り越す。環状線の外側に向かい、騎乗竜が声をあげながら駆け抜けていく。
 その先。環状線のすぐ間近にまで迫る、枯れ果てた大地が遠くに見えていた。

「うひょおおお!」

 一方そのころ駅前では、茂みに隠れながらカメラを構えてヘイウッドが叫んでいた。

「特ダネがいっぱい~!」

 恐怖でではない。記者としての興奮で叫んでいたのだ。
 しかしその叫び声も、鉄道警備隊と盗賊達の戦いによってかき消されていく。鉄道警備隊の槍が次々と騎乗竜の騎手たちに向けられた。その拍子に騎乗竜から落ちた騎手が倒れ、周囲の警備隊に一気に飛びかかられる。その横では、騎乗竜から警備隊の一人へと飛びかかった騎手が、そのまま抑え込んだ。
 どちらが勝っても記者としては美味しい状況。垂涎ものだ。こんなものを逃すはずはなかった。カメラを構える目の前で、警備隊の槍と、盗賊の剣が勢いよくかち合い、互いに一歩も引かぬまま互角の勝負を繰り広げる。ヘイウッドはその激しい戦いの様子を前に、シャッターを切り続ける。
 そんなヘイウッドに迫る影が二つあった。
 騎乗竜が二匹。そのうちの一匹に乗っているのは、顔を隠した少年らしき人影だった。

「……あれも一応、頼む」

 顔を隠した少年が、横にいる男に指示した。
 男は頷くと、そろりとヘイウッドの隠れる茂みへと歩み寄った。
 カメラの向こう側に夢中になっているヘイウッドは、男の存在に気がつかなかった。相変わらず悲鳴のような叫びをあげながら、シャッターを切る。その口元を、唐突に布が塞いだ。

「んんっ!?」

 あまりのことにすぐには対応できなかった。あっという間に目も布で覆い隠され、そのままズタ袋の中へと押し込まれる。

「んー! ん~~~!?」

 男は悲鳴をあげるズタ袋を担ぎ上げ、急いで騎乗竜へと飛び乗った。
 少年が手で合図をすると、戦闘を繰り広げている盗賊達がちらりとそれを見た。そして、僅かながらに後退していく。
 そのあいだに二匹の騎乗竜は方向を変え、一気に駅を駆け抜けていった。

 行き先は駅を越え、更にレールの先を越えた、未知なる腐れ谷だった。

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