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平成7年1月17日 阪神淡路大震災から30年

あの日の朝
広島県民呉市広の自宅で早朝の出勤準備をしていた小官は
広島県では滅多にない震度4の地震で
驚いて…とりあえず職場の司令部へ駆けつけました。

それから10日間ほどは、まともに横になって寝る余裕もないほど…辛く悲しい現実と
被災地で「自分ができることの限界」を思い知らされました。

災害派遣従事中の自衛官でありながら
「あまりの惨状に涙を流し…」上官から注意されましたが…実はその上官の目も真っ赤で頬には水が流れた跡が…

しかし泣いたのはその1回だけで…
多くの仲間達と…職業の壁を越え
陸自や警察.消防.神戸市役所.その他大勢の被災者の皆様と…
短い期間ではありますが懸命に支えて頂きながら人生で3度しか経験のない
「災害現場への派遣活動」に従事させて頂きました。

もう随分永い時間会っていない父に自慢できる事は
「自衛官になったおかげで被災地で多くの神戸の皆さんと一緒に活動できて…他人ではない仲間として汗を流した」

役立たずだとは自覚していますが…でも皆さんと一緒に…過ごした時間

小雪がちらつくほど寒い災害現場で被災者の皆さんとや多くの仲間とともに汗を流す経験が出来た。

冥途の土産にはいささか心もとないですが…そんな経験が自衛官33年満期で除隊した小官には唯一無二の誇りです。

神戸がスキです
自衛官になって仕事で両手両足を全部折っても足りないほど仕事で……

友人や家族とも何度も…
震災の前年末にも遊びに行った神戸三宮駅前で神戸新聞のビルが崩れ…そごうの壁がまんなかから折れて…

阪神高速が倒壊した脇の43号線を徒歩行軍で生田警察署へ向かった時に見た惨状…思わず涙ぐんだ自分が…その時の光景が…一昨日の事のように思えます。

がんばろう神戸

がんばろう日本

もう一度能登の皆さんとともに

がんばろう…今日だけはひさしぶりに…
神戸への想いで少しだけ頬に水が流れましたが…

WE LOVE KOBE

がんばろうや


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