多分明日も生きている

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 入社してから三度目、自殺を試みる。今回は一度目と同じ絞首! ちなみに一度目の時に使ったものと同じ紐だったりする。前はすぐに呼吸が苦しくなって3秒で諦めた。今回も同じ、だと思っていたのだがそれもなんか妄想みたいなやつだったのかもしれない。確かに苦しくてすぐに紐を解いたはずなのに、そんなことなくて、後半、絶対意識が飛んでいた。あんまり覚えてないけど、多分、走馬灯みたいなの見えてたし。そこからなぜ生還できたのかは全く分からない。とりあえず首に痣ができた以外は無傷。未遂になって医療関係者の方々に迷惑をかけたりしなくて良かった。死ねないくらいなら無事でいい。日が昇って首を見たら暗い部屋で見て感じていたものよりも、かなりくっきりとした痣になっていた。服装の規定がガチガチの職場じゃなくて良かった。明日からしばらくタートルネックだね。
 うつ病のせいか仕事自体が無理なのかは不明だが、なんかもう全部つらい。つらいから退社の意向も伝えて、あとはもう退社の日まで頑張ればいいだけ。そうなったらもう、つらいこととかなくない? と自分でも思うのだが、自分でも何がつらいのか分からない。助けてほしい。自殺未遂するほどつらいのに原因と対策が分からない。私はどうしたらいいんだろう。友人の顔が浮かんだ。とりあえず明日、話を聞いてもらおうと思う。その前に親に首の跡がバレると思うので多分説教をくらうと思う。タートルネックを買いに行こう。
 つらい。とにかくつらい。首を絞めた跡がやたらかゆいのもつらい。死ねないしこんなの意味ない。もう二度とやんねーからな。マジで首がかゆい。親とも友人ともそれなりに親しくて何がこんなにつらいんだ。
 退職までの残りの仕事か。
 じゃあしょうがない。あともう少しだけ頑張ろう。大丈夫、きっと私は明日も生きている。
 
追記:顔をよくみたら内出血ができていた。首絞めたらできるやつじゃんと妙な感動があった。そんなことで感動するな馬鹿たれが。

2

 上述の自殺騒動(物騒な名で読んでいるがたまたま死に損ねただけ)から一夜明けた。あれから一睡も出来ていないので一夜明けたという表現が正しいのかは分からないが。さておき。
 私の頭は懲りずにまだ死にたい理由を叩き出していた。それがまた自殺未遂の理由になったりはしないけれど、自然と涙が零れる程度には自分にとってはつらい出来事がぽんぽんと思いつく。死にたい理由はいくらでも思いつくのに、何ものも生きたい理由にはならないんだなあと思って落ち込む。ここ数年で死ななくていいか、と思えたことは何度かあったが、死にたくないとか、生きたいとかは、微塵も思わなかった。昔、親と不仲で親しい友人もいなかった時代は、親と仲が良く友人もいるのに死にたいなんてほざいてる人間が大嫌いだった。今自分がそれになっているんだなと思うと吐き気がする。
 それでも、今こうして気持ちを言語化してなんとか踏み留まろうとしていることは自分にとって大きな一歩だなと思う。死ななくていいように、自分の手の届く範囲で模索している自分を褒めたい。生きる理由はもしかしたら見つけられないかもしれないけれど、何も死ぬことなんてないよなとそう思えたらいいな。

3

 ところで、私が死ぬ直前にしたことは推しへの投げ銭だった。noteにチップ機能があるじゃないですか。あれで、推しがちょうど欲しがっていた本を買える程度のお金を投げて、さあ準備が整ったぞ、となったわけです。
 今になって思い返してみると、本当に死ぬつもりだったなら限界(チップの上限は10万円らしい)まで投げればいいのに。それなのに、私は推しがその日に欲しがっていた本だけ(「だけ」といってもセットになっている本なのでそれなりの値段ではある)を買ってちょっとお釣りがくる程度のチップを投げた。死ぬ間際までセコいというか、結局生きるつもりだったのだろうかとか、そんなら別にいいんじゃないのというか、複雑な気持ちだ。生きてたんだからいいか。
 ちなみに首の痣を見る度に「おっ笑 ○○円のアザ笑笑」と思っているので結構元気です。