【お仕事紹介インタビュー】音響スタッフって何者!?
「音響さん」って何をしているの?
―東京公演お疲れさまでした!恥ずかしながら私は音響スタッフの皆さんが公演中どのようなことをしていたのか全く知らないのですが……実際にどのようなことをされていたのでしょうか?
石丸 音響スタッフはオペラを成立させるためのサウンドデザインをしています。
具体的には、舞台装置が音響反射板の役割を果たすようなデザインになるよう提言したり、衣裳デザインが歌手の声の妨げにならないかを確認したりしています。
加えて、電気音響によって歌手の歌声を支えることもしています。電気音響といっても、歌手の歌声をマイクで拾って音量を上げるようなことはしていません。あくまでも生の歌声をベースにしたうえで、声を「子音」「母音」「倍音」の3つの要素に分解して、響きの成分の微調整をしているのです。
石丸 例えばスープをつくるとき、塩気が足りなければそこに少しだけ塩を足しますよね。味をはっきりさせたければコショウを少々。
音響も同じで、子音を際立たせたい場合は子音成分だけを取り出してスピーカーからほんの少し足してやる。倍音が響きにくい場合は倍音成分を少し足す。すると、客席には「聞き取りやすくて素晴らしい歌声」として届くのです。
―なるほど、つまりスピーカーからは「音の成分」だけが出ているのですね。
石丸 その通りです。塩やコショウだけを舐めている感じですね。スピーカーから出ている音だけ聞いても全く音楽には聞こえないでしょう。サウンドデザインとは、音というスパイスの調合なのです。
これは、ヨーロッパのオペラ劇場では、ごく普通に行われています。
こうした調合を実現するためには、歌手のクセやホールの特性にも精通していなければなりません。
音響オペレーターは稽古にも立ち合い、歌手それぞれの歌い方のクセや舞台上での立ち位置などを入念にチェックします。稽古中に指揮者や歌手本人からサウンドの注文を受けることもあります。
音響スタッフが使用している楽譜には、スピーカーの調整が音符単位で記載されているんですよ。
―ということは、本番中は音符単位での調整をリアルタイムで行っているということですか?
石丸 ええ。ずっとマイクをオンにしていると衣裳の衣擦れや足音などの雑音を拾ってしまうので、ピンポイントで必要な音だけを抜き出してスピーカーで返しているんです。今回の公演では舞台上にマイクを8本仕込んでいますので、歌手の動きを追いかける形で、音を拾うマイクもその都度変更しています。
なので、本番中の音響オペレーターは大忙しです。(笑)
ちなみに、大きな舞台セットがなくてマイクを仕込むことができない場合は、小道具の中にマイクを隠すこともありますよ。
ホールは楽器、オペラは音楽!
―3月に行われる愛知公演は、愛知県芸術劇場大ホールでの上演となりますが、東京芸術劇場コンサートホール(東京公演)との違いはありますか?
石丸 東京芸術劇場コンサートホールは、いわゆるコンサート専用のホールですので、オーケストラピット(※1)もなければプロセニアムアーチ(※2)もありません。
対して愛知県芸術劇場大ホールは、ピットや舞台幕のあるプロセニアム・ステージです。そういった意味では、まったく性質の異なる会場ですね。
石丸 東京芸術劇場コンサートホールは天井が開けており、母音と倍音が増幅される豊かな響きの作りになっている一方で、子音が埋もれてしまい明瞭度が悪くなるのが難しいところでしたが、舞台を囲う壁が音響反射板の役割を果たすため音が良く飛びました。
一方で愛知県芸術劇場大ホールは舞台面の奥行きが深く、舞台の左右は袖幕があるので音が反射しません。舞台上の立ち位置によって音の飛び方が全く異なりますので、下見の際には測定器を持って舞台上を歩き回り、どこで音の飛び方が変わるのかを計測しました。
―音響プランは会場によって大きく異なるのですね。
石丸 ホールというのはそのものが楽器なんです。それぞれに個性があって、得意/不得意がある。それは決して良い/悪いではありません。ホールという楽器の特性を把握し、最高の状態で鳴らすことが音響の仕事なのです。
石丸 全国共同制作オペラは毎年、特徴的な演出で話題となっています。しかし、オペラである以上その根底には「音楽」が存在するのです。音楽をないがしろにしては、オペラの本質が崩れてしまいます。
歌手は舞台の奥の方で歌わなければならないシーンや、座った状態でお腹に力が入りづらい体制で歌わなければいけないシーンもあります。必ずしもベストな状態で歌えない歌手たちは、舞台上では本当に孤独なのです。
だからこそ、私たち音響スタッフが彼ら/彼女らを支援するのです。
ー本日はどうもありがとうございました。愛知公演も楽しみです!
文・竹中梓