ウエクミ対談シリーズ:早霧せいな【前編】身体で聴く奇跡の声!
オペラを初めて演出した上田久美子が、東京公演を観劇した様々なジャンルで活躍する知人・友人の感想を聞きながら語り合う対談シリーズ。トップバッターは、元宝塚歌劇団雪組トップスターで、現在はテレビドラマや舞台で活躍する早霧せいなさんです。オペラ観劇が初めてだったという早霧さん。公演の率直な感想から宝塚音楽学校時代の話、この役やりたい!と思った役など、笑いの絶えない対談となりました。
上田:先日は来場ありがとうございました。オペラ初めてだったんですよね?
早霧:そうですね、上田さんが演出しなかったら私はもしかしたらオペラを見ずに一生を終えていたんじゃないか…。
上田:一生を終えていた…(笑)
早霧:(笑)いや、見ないことに深い意味はないんですよ!ただ漠然と、敷居が高そうとか、チケットが高そうとか、ある程度の知識のある人が見に行くものというイメージ…見方を知らないシロウトが行って、わからなくてがっかりするのが怖いから寄り付かないっていう。
上田:なるほど…。
早霧:ところが、今回、想像を覆されるほど面白かったです!!
上田:そうですか、ありがとうございます。
早霧:いや、でもベースがわからないから!オペラの!
上田:え…?実はこれじゃなくてどのオペラ見ても早霧さんにとっては面白かったりするっていう…?
早霧:そうそう、上田さんには悪いんですけど(笑)。これを機にオペラにどハマりするという可能性だって私は秘めてますよ(笑)
上田:(笑)確かに…
早霧:でも道化師という作品の存在は知っていたんです。宝塚音楽学校で、男役は全員、道化師の「衣裳をつけろ」を稽古するんですよ。だから、あれが、これか〜!という…(笑)自分の昔を思い出す懐かしさもありつつ、でもあのパロンビさんが歌っていた「衣裳をつけろ」と、自分の歌っていた「衣裳をつけろ」の、あまりの曲の重みの違いに、今更ながら反省しながら見たんですけど…へっへっへ。
上田:はははは
早霧:はっはっは。全然解釈違ったし!
上田:こういうことだったんだ(笑)みたいな?音楽学校の文化祭で、歌の首席卒業者があれを歌いますよね。それで晴れ舞台の大曲という勝手なイメージだったけど、こういう苦みばしったアリアだったとは!って私も思いました。
早霧:そう!めちゃくちゃ切なくて深くて重いじゃん、この歌!と思って…
上田:あのパロンビさんは本当に凄いテノールで、一緒に出ている歌手たちが、彼は「怪物」だって。あの声を聴けるのはマジで凄いことなんですよ!と皆が大興奮して私に教えてくれました。
早霧:なんていうか、存在自体のブレなさとか、出てきた瞬間から目を奪われ、この人絶対主役なんだとわかる…そして声を発したら劇場中に響き渡って…なんていうんでしょう、声ってもちろん耳から入ってくるんですけど、身体で聴いている感覚っていうか…それが、なんかロックフェスとかでエレキギターの音なんかをギャン!って浴びるのとはまた違う、もっと人に優しい…でも、身体中でそれを浴びられる…
上田:ああ…すごいですね、その感想。初めてオペラを見たのにすごく真髄を言い当ててる(驚)初めてのオペラ演出で、稽古場でスタッフから言われたのは、稽古時間は6時間までとか、休憩は必ずこれだけ取るとか、歌手を少しでも早く帰らせるとか、めちゃくちゃ歌手ファーストなんですよ。なんでなのかと思ったら、「オペラはマイクを使えないからね」って言うんですよ。肉声だけでやるから声帯とか身体をしっかり守らないといけないらしく、つまりマイクという電気を通した音でなくアナログな肉声だけであの広い空間に届ける負担はすごくて…。まさに、早霧さんの表現は言い得て妙で、エレキギターみたいな電気のある時代の音じゃなく、電気のない時代のナマ音で、かつこちらの骨まで響かせる音を人間一人で出すって、どえらいことらしくて、身体のコンディションをよほど維持しないとできない超人技らしいんですよね。で、電気を通していない優しいアナログの声でしか実現できない身体中で聴く感動があるって、早霧さんは初めてのオペラでもう真髄を感じ取ったんですね。
早霧:私も声楽を習ってきて、体の前だけで声をだすんじゃなく後ろを使って出せって言われてきたんですけど、オペラではそれを体現していて。それが耳だけでなく視覚でもわかって、音が体の後ろからも出ているのが見えたんです!
上田:え、それって見た目でわかるんですか?なんで?
早霧:なんでだろう…え…立体的に見えるというのかな…私、べつにエネルギーがみえる人とかじゃないですよ(笑)
上田:「オケの壁を突き破って届く声」ってオペラでは言うみたいですけど、コーラス数十人で歌っている中でソロで埋もれない主役の声はすごいよね。宝塚だとトップマイクがありますけど(笑)
早霧:私たちマイクここについてましたよ(唇の真横を示して)信じられない!
上田:(笑)オペラ歌手って、どうなってるんでしょうね。
早霧:ある種、殺気みたいなのもありましたよ。
上田:殺気?
早霧:そう、パロンビさんもだし、ヒロインの女性も!
上田:ロマーノさん?
早霧:どう自分の身体をあつかったら自分がストレートに音を届けられるかに集中してそこに立ってる感じ。覚悟というか。でもそれでいて、人間味があって可愛らしいところも見え隠れするんですよ、パロンビさんもロマーノさんも。
上田:そうなんですよ!実際に、こんな言い方も変ですけど素敵な方たちで。普通、長年スター歌手とかやっていると余計なものもくっついてきそうじゃないですか、言ってみれば彼らは世界の第一線の歌手たちで、一方で私はオペラ経験ゼロの日本ローカルの演出家なわけで、彼らが私の言う通りに動かなくても当たり前だと思っていたんですよ。しかも変化球の演出というか、なんだか日本の西の方に設定を置き換えて、教会に行こうという歌なのにコーラスの人はメガホンを振っていて、なんだこれはと聞いたら「ベースボールの応援です」と言われて、普通は不審に思うはずです。でも、蓋をあけてみたら、こちらがやりたいことを言えば、だったら例えばこういう動きはどう?とアイデアを出してきて、「でも久美子が用意したコンセプトを壊したくないから、それに合ってる提案だけ取り入れてくれよ」と。ごくフラットで、互いに対等でした。そういうのが一流たる所以なんだなと思いました。ロマーノさんは非常に聡明でオープンで、事前に送った英文のコンセプトの説明を読み込んできて、「全てわかったわ」と、なにひとつ言わなくても完璧に表現してくれました。歌手であるだけでなく素晴らしい女優なんです。
早霧:殺気さえ感じさせつつ超人的な歌を歌いながら、人間らしさやチャーミングなところが舞台で同時に伝わってくるのがすごい!
早霧:一方でその歌手たちと対になるダンサーも、日本にこんな凄いダンサーがいたなんてと驚いたんですが、どうやって一緒に役を作っていかれたのかなって。
上田:ああ…「私はここはこういう解釈だけどあなたは?」みたいに細かく一致させようと話し合ってはいないと思うんですよ。
早霧:じゃあ、感じあって?
上田:そう、感じあってやってたと思います。歌手も本来一人一役のはずがなんで二人なの?と思うかと思いきや、もう一人の自分という新しい刺激があるのが面白いというスタンスで、それを生かしていました。
早霧:一方で、遠慮なしのぶつかり合い…正々堂々とした闘いにも見えたんです。役を通しての闘い。「すいません私はこんな感じでいいですか」っていう寄り添いではなくて、「私はこれで行く!」というエネルギーの塊を相手に投げ、相手はそれを受けつつ自分のエネルギーをまた投げ返す、それがすごく心地よかったんです。
上田:そう、清々しい闘いですよね。相手をたてて私はこれぐらいにしときます、ではなく、相手がベストになるためにこっちもベスト出す、みたいな。お前が喰われたらお前の力が足りなかったと思え!みたいな。
早霧:(爆笑)そんな感じ!
上田:スポーツの闘いと同じで、相手に対してリスペクトがありつつも、これは試合だから本気でいく、みたいな。
早霧:そうそう!
上田:私もオペラのプロフェッショナルじゃないから、それぞれの歌手の歌の限界値がわからないという悩みがあって。宝塚だとわかるんですよ、この人にしたらこれだけ歌えていたら十分だとか、この人はすでに上手くて観客も感動しているけど本当はもっとすごい力を秘めているから私がプレッシャーかけて引き出そうとか。でもオペラだとどの歌手も初めからめちゃ上手いんです。歌ってもらって「あ、え、はい、ありがとうございます!終了!」みたいな(笑)「あ、でもでもちょっと待てよ、こんなにやすやす感動してはベストを引き出してないかもしれない」って葛藤して。
早霧:(笑)
上田:私が知らない超すごい歌声があるのか、とか。想像を絶するやつ。
早霧:(笑)
上田:それぞれのポテンシャルをこちらが知らないのは不安でした。オペラで一番権限があるのは演出家ではなくマエストロ(指揮者)で、歌についてはマエストロが引き出してくれるとはいえ。でも、ダンサーとの化学反応もあってか、歌もいつもと違う領域へ足を踏み入れた感があったと東京公演で評価されたので、それでやっと安心できました。
公演情報