
「転がった方が早くね?」好きな人から言われた無邪気な一言が私を変えた。3ヶ月で-13キロのダイエットに成功してその彼から逆告白されちゃった物語
「転がった方が早くね?」
そのセリフが私を動かした。
私は地元の中小企業で事務員をしている
アラサー女だ。
最近仕事が楽しくなってきて
天職とまではいかないにしても頑張れそうな気がしている。
そして私には気になる人もできた。
彼は同じ会社で務める同僚で、
部署は違うが年が近いこともあってよく話をする仲になっている。
垂れ目が特徴的な少し気だるげな印象を受ける女顔イケメンだが、
その見た目の割にひょうきんで茶目っ気のある性格で人気が高い。
当然ながら、彼を狙う女性社員も多かった。
勝ち目のない戦いではあるが、
私は彼の「友人」のポジションを得ていた。
部署も違うのにランチに誘われたり、
彼がいるときに喫煙所の傍を通るとカフェオレをもらったり。
これで意識するなという方が酷というもの。
とどめに私が紹介したご飯屋さんが彼に刺さったらしく、一緒に行く約束まで取り付けた。
これは…脈ありか?
そんな考えが頭をよぎる。
期待するなと理性が働くが、
一度持った期待は日増しに膨らむ一方だ。
だが、無情にも繁忙期に入ってしまい、
食事に行く日取りまでは決まらない日々が続く。
LINEをしてみても、
忙しいからスケジュールが決まらない、
とのこと。
仕方がないと思いつつ、
私自身も忙しくなってきてそれどころではなくなっていた。
私が勤めていた会社は繁忙期には事務員であろうが、
容赦なくこき使われる。
パソコンの前に座ってカタカタするだけの仕事ではない。
時には部署から部署を渡り歩いて資料を渡しに行ったり、
せわしなく走り回ったりもする。
繁忙期ともなればさらに拍車がかかるのだ。
その日も私は息を切らせながら走り回っていた。
他部署がやらかしたらしく、
尻ぬぐいに奔走していたのである。
あー!!しんどい!!
言いたくなくても言えてきてしまう。
それでも時間は待ってはくれないのでバタバタと走っていると、
前方から彼が見えた。
こんな忙しい時でも彼の顔が見られるとふっと気が緩み、
慌ただしい足が次第に止まった。
「お疲れ様」
「おお、お疲れー。頑張ってんじゃん」
「まあね、目が回りそうだけど」
そんな何気ない会話すら、
私を元気にするのには充分で思わず笑顔がこぼれてしまう。
だが、やはり時間は待ってはくれない。
「行かなきゃ、またね」
「おう、またなー」
間延びした声に疲れが見て取れる。
この繁忙期が収まったらお疲れ様会でもしようか、
などと考えながら先を急ごうと一歩踏み出した
その時。
「お前、走るより転がった方が早くね?」
私は思わず振り返ってしまった。
周りには彼と私しかいない。
___え?今の私に言ったの?
きょとんとして彼を見つめる私に、
彼は爽やかないつもの笑顔を浮かべながらとどめを刺した。
「だってお前、まんまるだし」
分かっていた。
幼いころから食べることが大好きな私は、
その頃から“ぽっちゃり”だった。
いや、はっきり言おう。
太っていた。
子供はちょっと太ってるぐらいの方が可愛い、
初孫で可愛くて仕方なかった祖父母は
私をしこたま甘やかし好きなお菓子をくれた。
そうやって甘やかされるものだから、
そりゃ私も祖父母宅に居座るわけで。
祖父母宅から帰りたがらない私を見て、
喜ぶ祖父母がまた甘やかすという負のスパイラル。
結果、コロコロっとした少女が出来上がりましたとさ。
しかし、私とてずっと太っていたわけではない。
中学の頃、部活動というものに憧れを抱いて、
当時ハマっていた漫画の影響もあり
軟式テニス部に所属していたことがある。
この時ばかりは食べても食べても太らないという未知の領域を体験した。
だが、それは部活を引退したと共に終了する。
動きはしないのに、食べる量はあまり変わらない。
言わずもがな、さらに太った。
瘦せていた時の体の軽さが忘れられなくて、
何度かダイエットには挑戦したが
食べたいという欲望には勝てなかった。
そして、祖母・母・叔母と近親者が軒並みぽっちゃりであることを踏まえて、
そういう家系なのだとあきらめたのだった。
__回想終了。
「はぁ?それ酷くない?」
「そうか?それより、行かなくていいの?」
何とか絞り出した声でいつも通りにおどけて見せる。
そうしないと泣きそうだったからだ。
普通の対応をする私に特に気にすることもなく、
彼は私が向かおうとしていたその先を指さした。
言われなくても、
と踵を返して私は再び走り出す。
頭の中では
『転がった方が早くね?』
というフレーズがリピート再生されていた。
その後どうやって仕事をこなし、
どうやって帰宅したのかよく覚えていない。
分かっていたこととはいえ、
現実に突き付けられてしまうとそれなりにショックを受けた。
それもいいなと思っていた人から言われるとは。
無意識に見たくなくてずっと布をかけたままにしていた姿見を、
久しぶりに見てみる。
「うわぁ、そりゃそうだよな…」
久方ぶりに見た自分の体型はお世辞にもスリムとは言えない。
はっきり言ってデブである。
転がった方が早いと言われても仕方ないと納得せざるを得ない。
大きなため息が私の口から自然と漏れた。
いろんな感情が沸き上がっては消えていき、最終的に行き着いた先は
『痩せたい』
その思いだけが私を突き動かした。
そうと決まれば、早速携帯を取り出し、
ダイエットの情報を読み漁る。
調べていくうちにいろいろなダイエット方法があることを知った。
・糖質制限
・脂質制限
・腸活
・有酸素運動
・無酸素運動
・ヨガ
・腹式呼吸
などなど、ざっと調べてみただけでもこれぐらいが出てきた。
過去にダイエットした際はなかったものも多くて、どれがいいのかわからない。
一先ず、出来そうなところから試してみることにした。
…
……
…………ダメだ。
どれも効果がない。
正しく言えば、
多少の効果はあったものの
続けようと思えるほどの効果ではなかった。
私には合わないのだろうか。
かと言って、何千円もするようなサプリメントを試してみる勇気もなかった。
今日も今日とて、新しいダイエットを求めてさまよう日々。
私にはそもそもダイエットなんて無理なのかな…
食べるのやめられないのに痩せるとか意志が弱いのかな…
体質的に痩せにくいとか聞いたし、私もそうなのかな…
おばあちゃんもお母さんもみんな、太ってるし…
私的には上手くいかないダイエットにネガティブな感情が沸き上がってくる。
もう諦めてしまおうか。
こうして私のダイエットは終了した。
私がダイエットに奮闘している間に繁忙化は遥か前に収まっていた。
彼からは例のご飯屋さん、いつ行く?と
連絡は来ていたがはぐらかしてしまっている。
行く気にもなれない、このままじゃ。
そんなある日のこと、祖父母宅への集まりがあった。
年に二回ほど行われるこの集まりに、私は前回行けていなかった。
久しぶりにみんなの顔見たら楽しいかも。
打ちひしがれていた私はそんな淡い期待を抱きつつ、祖父母宅に向かう準備をした。
私が到着したころには、
すでに私以外の全員が集まっていた。
私の顔を見るなり叔父が彼氏は?と聞いてきた。
25を過ぎたころから嫌でも感じる
『結婚まだか』
の圧力にも、そろそろ慣れてきている。
いたらここに来てないわ、
なんて軽口を叩いていると叔母が奥の部屋から現れた。
その瞬間、私は目を見開いた。
「え?どゆこと?」
そこには最後に記憶にある姿から幾分小さくなった叔母がいる。
笑うたびにメガネにあたっていた頬も
どこからが顎でどこからが首かも分からなかった顔回りも
くびれ?なにそれ?だった腹回りも
聖護院大根と呼ばれていた太腿も
そのどれもが見る影もない……
とまではいかないにしても、
ほっそりしているのは一目瞭然だった。
私のつぶやきに気づいた叔母がニコニコしながらこちらに近づいてくる。
「気になる?」
「当たり前でしょ」
楽しそうに笑みを浮かべる顔が妙に憎たらしく感じた。
一人だけ痩せやがって、
万年ダイエッターはお互い様じゃなかったのか。
そんな気持ちがぐるぐると渦巻き、
早く情報が欲しいと軽く目を細める。
「仕方ない、教えて進ぜよう」
そういって叔母が見せてきたのはサプリメントが入っていそうな袋だった。
パッケージの表面には
“防風通聖散”
の文字。
そしてその横には漢方と書かれていた。
いやいや、ないないない!
漢方ってあの苦いやつでしょ。
無理無理、風邪ひいた時にもらった漢方飲めたものじゃなかったもん。
頑張って飲んでも効き目全然出てこなくて、飲み損だって思ったし。
私の漢方に対するイメージは最悪。
苦々しい顔をした私に叔母は更に笑みを深める。
「まぁまぁ、あんたが漢方嫌いなのは知ってるよ。見てみ?」
そういって袋を開ける。袋を傾けて叔母の手に乗ったのは茶色の丸い錠剤だった。
あの漢方独特のにおいもあまりしない。
顔に近づけると少し匂いがするかな?といった程度だ。
「匂いしない」
「でしょ、これなら錠剤だから飲みやすいのよ」
確かに、この形状なら顆粒とは違い飲みやすそうではある。
味だってほとんどわからないはずだ。
「物は試し、飲んでみなよ」
よほど私は興味をひかれた顔をしていたのだろう、
叔母が手のひらに出した錠剤を四つ私に手渡した。
一粒の大きさは病院で貰う
カロナールやロキソニンなどよりも少し小さいぐらい。
私は飲みにくそうだとは思わず、
ただ喉に詰まらないよう一粒ずつ飲んでみた。
「あ、いけそう」
一粒飲んでみた感じはやはり飲みにくさはなく、
のどに引っかかってしまうようなこともない。
口に含んだ瞬間匂いはするが、
水で流してしまえばあっという間に消えてしまうようなものだ。
苦もなく四錠飲み終わった。
これならできそうだ。
「これ飲んだだけ?」
「今のところはね」
私は早速真似をしてみることにした。
そうと決まればとその場で同じものを通販サイトで購入した。
思ったよりも早く手に入った防風通聖散の封を切り、飲み始めてみることにする。
叔母曰く、
食事の前に飲む方がいいとこのとのことだったので、
食べる三十分前に飲むことにした。
一日に二~三回飲むのがいいと書かれていたが、
最初だったこともあるので二回から始めてみる。
飲んだ直後は違和感もなく、
特に食事制限する必要はないと教わったので
そのまま普通にご飯を食べた。
食べた後も特に違和感はない。
食事量も、いつも通り。
これで本当に痩せるのか?
疑惑は拭えない。
ただ、飲んですぐ何かあるのも怖いので
これはこれでいいかと思い、
そのまま仕事に出かけた。
私は朝食と夕食の前の二回と決めて、
しばらく続けてみた。
昼食にしなかったのは、
職場で飲まなきゃいけなくなるため
見られたくなかったからだ。
しれっと痩せて見返してやろうとか思ってはいない。
続けて飲むようになって、
次第にその変化に気づき始めた。
まず、汚い話だが私は便秘気味だった。
二、三日出ないなんてことはザラで、
急に腹痛が来て下すのがお決まりのパターン。
それが、飲み始めてから毎日出るようになったのである。
それも大量に。
ものすごく驚いたが、
防風通聖散を飲めば飲むほどお通じが改善していっているのを感じる。
私にとってはうれしい副産物のような感覚だ。
おなかの中のすっきり感が病みつきになりそう。
それだけで一か月続けた頃には五キロほど体重が落ちていた。
生まれて初めてダイエットで成功した瞬間だ。
もちろん、その一か月の間特に運動や食事の制限はしていない。
普通に食事をして普通に仕事に行って、
いつも通りの日常を過ごしただけだ。
それでここまでの成果が得られると俄然やる気が出てくる。
防風通聖散の飲み方はそのままに、
私は次に夕飯の白米を豆腐に変える置き換えをやってみることにした。
豆腐は高タンパク低カロリーで、
大豆製品のため大豆イソフラボンが含まれている。
豆腐好きで月経にも苦労していた私にはもってこいだった。
後は入浴後、寝るまでの間にストレッチを取り入れた。
こっちも、凝り固まった体をほぐすのは気持ちよく更に運動にもなって一石二鳥。
今まで苦労していたダイエットとは違い、自分の好みのことをしながら楽しく三か月を過ごした結果…
なんと、マイナス十三キロの減量に成功したのである!
これは私も予想外だった。
もう見ることはないだろうと思っていた体重計が示す数字に二度見した記憶がある。
その頃には周りの友人たちも勘付き始めて、
やせたねーとよく言われるようになっていた。
中には教えてほしいと言ってくる友人もいたので、
防風通聖散のことを伝えると早速やり始めた。
そして、その誰もが程度の差はあれど減量に成功したのである。
ただ、中には効きすぎて下してしまった友人もいたので
飲み方の工夫が必要になるかもしれないなとは感じた。
さすがに十キロ以上も成功すれば、
見た目にも変化が訪れる。
今まで着ていた服にはゆとりが出来、
サイズも小さくなったので着たかった服を着れるようになった。
サイズ展開的に入ることすらためらっていた店にもはいれるようになった。
痩せただけではなく肌の状態も良くなり、お化粧をしても崩れにくくなったように感じる。
自分自身を可愛いと思えるようになり、おしゃれもお化粧もいろいろなものを試すようになった。
そして何より、あの彼から告白されたのだ。
ある日のこと。
彼から話したいことがあると、メッセージが来ていた。
正直、あの言葉を思い出してしまい、会おうという気は起きない。
だが、話したいことがあるというのが気になり、私は待ち合わせ場所へ向かった。
「よお、お疲れさん」
「うん、お疲れ様。」
到着するとすでに彼がいて待っていた。
だが、どこかよそよそしい。
私の顔を見ようとはしない。
彼はこんな失礼な奴だったか?
「話って何?」
多少イラついたような声が出て、自分でも驚いた。
「あのさ、○○、最近きれいになったよな」
「は?」
予想外の言葉に脳が処理しきれず、間抜けな声が出てしまう。
「前から気になってたんだけど、最近一気にきれいになって」
「あ、ありが、とう?」
彼の意図がつかめない。相変わらず彼は視線を合わせようとはしてこない。
「その、俺と付き合ってくんね?」
「ふぁ!?」
まさかのことに更に思考が真っ白になっていく。
「……いやか?」
「…ち、違う!そんなこと言われると思ってなくて!その、よろしくお願いします!!」
「あはは、元気良すぎ」
彼の笑い声がようやく耳に届いたような気がする。
つられて思わず笑ってしまった。
「ま、私がきれいになったのはあんたのせいだけどね?」
「ん?何のこと?」
「あー…、マジか」
ことの発端となった
『転がった方が~』
といったことはきれいさっぱり忘れているようだが、
結果として私はダイエットできたのだからよしとしておこう。
今は彼のため、
何より自分に自信を持つために
ダイエットを継続させている。
停滞してしまうこともあるが、運動したり食事を見直したりして対応している。
防風通聖散があれば頑張れる、今の私には強い味方だ。