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散文山陽の地に寄す

私はとにかくやつれていた。山陽の路線は存外途方もないもので、気晴らし、窓外に憑いてくる顔を眺めやると、私は私の寂寥に思いを馳せずしていられない。車両が岩国を掠めたあたりだったか、埃がかった瀬戸内の空が灰色の海を押し包むとき風景は透明であった。空想の隅に誰ともつかない面影を生み落としてみたがすぐに冷たくなるように思われた。ようするに、孤独である。初夏の肌に風と僅かばかりの光が沁みた。

三原は糸崎町で乗り換える時分すでに白い雨が降っていた。私は旅行に来たのであるからこういううだつの上がらないお天気は嫌うべきところなのだが、霧と靄(もや)を肉体にまとわせて歩いているとやはり故郷を思い出した。故郷は盆地であった。人口三万ほどだったと記憶しているが此処はどうだろうか。ところで呉線から見た瀬戸内海。あれはよかった。竹原に向かう最中だったと思うが、これはひょっとして無限に及んでいるだろうか、と思われる穏やかな波の下に太陽の身を潜めているがごとし。どうも表現が食い違う気がする。ともかくそれを天国だと思った。

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