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言わずとも / 日本人の会話

子どものころ、忠臣蔵のお話しにだいぶ夢中になっていた時がありました。
それは、昭和時代の中心であった勧善懲悪のストーリーからではなく、討ち入りに至るまでのあれやこれやのエピソードに心惹かれていたからです。
中でも、物凄く深く胸にささり、まさしくTVの前で正座、握りしめたこぶしを膝に、瞬きもせず見つめていたシーンがあります。
社会人になってからは、それを呑みの席で酔っ払って社のフランス人たちにあつく語り、翌日は彼らからお礼(?)を言いに訪問を受けたという、実にイタイ思い出があったりします。。。

あれは、たしか里見浩太朗氏が内蔵助を演じた年だったと思います。上野介役である森繁久彌氏の、松の廊下でのまぁ~憎ったらしさと、討ち取られる際の言葉にならないほどの存在感も覚えています。やっぱり、名優だったのだな。
さて、みなさまご存知の通り、浅野家主君を失ったあとの内蔵助は、周囲からかたき討ちをマークされているわけですから、表面上はおとぼけを長く続けておりましたよね。それは、身内から、これはという人物をふるいに掛ける行動でもあったわけです。いざ、討ち入りを計画し、血判状でチームをまとめた後でも、ボンクラ家臣を演じ続けていました。しかし、いよいよ実行の日が迫る中、江戸に上らなければならない。チームも周到に準備を進めていて、その移動が万々一復讐のためと悟られては、全てがおじゃんです。関所の通過も神経が尖って、ああ、ドキドキする。

そこでですよ、起きてしまったのですよ、事件が!
いくらボンクラで有名になった内蔵助でも、関所で「大石内蔵助、江戸へ移動します!」などとは口が裂けても言えぬ。当然、あの手この手で偽のパスポートを入手し、それなりの人物になりきって宿泊するわけです。
すると、ホトホトと障子が鳴り、問い合わせが入った。「今あなたと同じ殿様がこの関所に入って、カンカンに怒っている」と!
側近は覚悟し刀を脇に、奥に控える。内蔵助はゆうゆうと「その殿様とやらを私の部屋に通しなさい」と受ける。どうなるの、どうなるの。
下座に通された本物の殿様は激高。上座に座る内蔵助と一対一。宿屋の主人は障子戸ごしに聞き耳を立てる。
当然、関所を通る証文を見せろ、という話になりますね。お互いに、自分の証文を渡す。湯気が立ってる殿様と、落ち着き払った内蔵助。
内蔵助は、殿様の本物の証文を確かめる。絶対にヤバい。そして、殿様に自分が渡した証文を開いてみよと促すのです。

巻物を繰る殿様の眼が、カッと見開く。手繰っても手繰っても、真っ白な紙が畳に流れ落ちていく。おお~、心臓がバクバク。
そして、本物殿はとうとう巻き終わりの最後に、家紋を発見。それは、浅野家のもの。ハッと見上げる殿。それを待っていた内蔵助の覚悟の眼。
長い沈黙の、二人の視線での会話。
宿屋の主人には、会話が聞こえないから何が起こっているのか全くわからない。側近は別部屋で刀の鍔に手をかけている。

と、次ですよ。もの凄いのが。

「確かに、これは本物の○○家の証文。参りました。偽物は、私であるのですぐに退散するからこれまでの無礼を許してほしい。」
これを言ったのは、本物殿様なのですよ。
「私がこれまで使ってきた偽の証文は、もう使用しないことを誓う代わりに、本物のあなたに提出します」
と、内蔵助に本物の証文をそのまま受け取れ、とやるのです。つまり、討ち入りをやり遂げよと。この時の内蔵助の眼ったらない。
何とも言えぬ表情で「許してやるからすぐにここを立ち去れ」と命じ、それにははぁ、とひれ伏す本殿様の姿。
わたくしの眼にはこらえる涙ですよ。(奥の控えの側近も。)
これで、宿屋の主人は障子の向こうで納得。


このエピソードの記憶が、作品に忠実かどうかはもはやあやしいですが、とにかく子供ながらにわたくしの深いところと共鳴したのは確か。
こんな風に、日本人には言葉ではなくとも腹と眼の会話でことが進む場合がありますね。あの時のフランス人たちは全くその感覚はないとのことでしたが、日本に関心が高かったので話しを聞いてくれたのでしょう。えへへ、ありがとね。
いずれにしても、感動するって大切なことですね。これからも、どんどん素敵なモノ・コトに触れていきたい次第であります。







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