家族という囲いの中は介入出来ないものだ。
よく親に言われた事は「よそ様はよそでいいの」「うちはうちのルール」
言われたらしゃーない、
小学校低学年で友達と放課後遊ぶ約束することなど楽しく、少しエスカレートすると、週末遊ぶ約束をしたものだ。
家に帰り、友達と週末遊ぶ!と言う出来立てほやほやの宝石を一番に報告する。「いいよ」って親の承諾をほしくて走って帰り未来の楽しみを伝えるわけだ。
「勝手に約束しない事!うちには予定があるの」
現実逃避したくなる返答にフリーズする。言うこと聞いて、友達に約束した事を断りに行くのだ。
それでも別にいいよって言ってくれる友達もいたし、腹を立てる子もいた。仕方がない…。
じいちゃんが言った。 「強く、芯のある、竹のように太く真っ直ぐ生きろ」と。
ばあちゃんは言った。 「柳のように揺れながら穏やかにしなやかに生きろ」と。
父と母は家族を守るために働き詰めで、生活に追われて、学校での事や悩みなど話す時間はなかった。
親の機嫌を損ねないように振る舞う方がいいだろうことは小学生低学年でもわかってた。
中学生の頃か…じいちゃんが説教の中に、人間関係のコツを四文字熟語を使って、どういう意味か、教えてくれたおかげで気が楽になり視野が広がった。
高校生の頃か…ばあちゃんの教えてくれることわざに、行き詰まった時、物事を整理して思考を整える技を身につけた。
家族はそこそこ程よく面倒な一つの群れだ。輝かしく美しいとは似つかないもんだ。
隣の芝生は何とやらで、「どこの家庭にもいろいろあるって」と、家族を持った友人らが言う。
家族にしかわからない空気感、食事から洗濯物からたたみ方…掃除の決まりや、就寝時間など多岐にわたってそれぞれの家族で似てるようで似てない、同じことをしてる様でまるで違う…。
「兄弟は他人の始まり」
「老いたら子に従え」
「家族」にまつわるものは、いいと思う場面だけ…思い出せる記憶を大切にしたらいい。
家族の中によその者は介入出来ないし、家族であっても苦い思いをしながら同じ屋根の下に暮らす者もある。親に注意されるのはまだ平気だった。耐えられなかったのは両親の毎日の大げんかだった。声を荒げて怒鳴り合ってた。その声が響いて寝るに寝れなくて不安で怖くて「やめて…」と言えず心が苦しくて布団にくるまってケンカが収まるまでじっとしてるしか小学校、中学生の自分には出来なかった。
家族も人と人だからそれぞれのペースを犯さない程度にしないと家族としての形を崩していくのだろう。家族ゆえに元に戻るのに時間がかかる事もあるのだろう。
大学生の頃だと思う…。年の始まりに気持ちも新たに初詣に行った。高齢で一緒には来れないじいちゃん、ばあちゃんたちの分もお守りを買おうと列に並んでいた。私の目の前の若いご夫婦は、3才くらいのお子さんを抱っこして長い列を同じように並んでいらした。
お子さんがぐずると…
「黙れクソガキ!!うっせーんだよバカ!!」
やめてくれー!!新年早々になんて言葉遣いたることや、腕の中に抱っこする我が子に浴びせる言葉、そんな大声で!!
私の中の正義がピリついた、親が子にどうであるべきかなどの前にだ、せっかくの初詣にお守りを買いに並んでる中あり得ない事態だ!!神様の前で使う新年の言葉じゃなーい!!手を出してないからいいとかセーフではない!!子どもの心にどう刺さるか…。
口に出して注意する!?
咳払いしてみる!?
列を外れて並び直す!?
他に回答ありますかー!?
子供と接する資格を持ち、ずいぶんたった今ならもし同じような事が勤め先で起きていたら、迷わず声をかけた。だけど、本屋さんでもスーパーでも私は声をかけただろうか…。
当時、注意したら同じように怒号が自分に向けられるんじゃないかって思って、目の前の小さな子に何も出来なかった。
この事は家に帰りじいちゃんにもばあちゃんにも話さなかった。
家族でも傷つけあったりそのつもりがなくても心にいつまでも埋められない穴が空いたままだ。そうして月日が経ち、両親が亡くなったら悲しめるのだろうか…。家族とは何なのかまた問う日が来るのだろう。
その時も私は、昔のアルバムの中の笑って肩を組む母と父の姿を見てなぜ子供の前でその姿を見せてくれなかったのだろうと考えてしまう事だろう。笑顔で写る2人を知らなければ嫌いになれたかもしれない。厄介な写真だ…。
仲良しな家族に憧れてたのだと、思い知らせてしまうから写真のことは忘れたい今日この頃である。