なごり雪 2 風に乗って
列車を乗り継いで剛(つよし)に会いに来るのはひろみにとって一番の楽しみだった。
地方と地方の遠距離恋愛は、簡単に会えないのが辛い。
どちらかが札幌に住んでいるのであれば、今よりももっと頻繁に会うことができるのにといつも思っていた。
遠距離恋愛になって約1年となる。
最近、それが何となく「楽しみなんだけど、ちょっと違う。」と感じはじめている。
相手の気持に自信が持てないのだ。
以前なら、剛(つよし)の気持ちはよくわかっていたと言うよりも、「誰よりも私が一番だ。愛されている。」という自負があった。
しかし、今はその思いに疑問符がつく。
剛に他の女性の影を感じるわけではない。
電話をしていても何処か気持ちが別のところにあるように思う。
彼の仕事が忙しく、営業所の人員を減らされて一番若い剛に全ての雑用が押し付けられていた。
新たな企画で忙しくしているのなら、彼は生き生きと働くだろう。
しかし、業務ともつかず、剛からすればどうでも良い雑用ばかりが増えていく。
クレームの対応、営業所の草刈り、ゴミ拾い、倉庫の管理と清掃、車輌の管理など、本来の営業の仕事ではないと思う業務が増えていく。
日々その業務をこなしていくだけだ。
その話を電話で剛から聞いている。
電話のたびに剛が不満を言うのが嫌だ。
彼の元気な声が聞きたい。
アホみたいな、本当かどうかもわからないような夢物語を語る彼が好きだった。
どんどん勝手に話が膨らんで、いつの間にかその話の中にひろみ自身も巻き込まれて、その物語の中で色々と問題が起きる。
それを全部押し付けられて「えーっ!イヤだ!」と笑いながら答える。
そんなとりとめのない剛のバカ話が好きだった。
以前の彼はもっと生き生きしていた。
休みの日に家になどいることはなかった。
いつも引っ張り出されて、「それキャンプだ、スキーだ、登山だ、カヌーだ!」と勝手に予定を組まれてつきあわされる。
初めは嫌そうな顔をしていたけど、彼のその勢いにいつも負けていた。
ちょうど一年前に、地方の営業所へ転勤してから、どうも彼自身が自信をなくしている。
土日祝祭日も出社することが多く、連休など無縁な会社だ。
平日の休みが多く、それも1日だけだ。
土日祝祭日が休みの私と休みが合うことは少ない。
時折、同じ休みに札幌で会うこともある。
剛が仕事を終えてそのまま札幌まで車で走ってくる。
私が先にホテルに入っていて、剛を待ってて。
剛が着いた途端に満面の笑みで抱きついてくる。
たくさん話したいことがあるのに、お構い無しで体を求める。
「ちょっと待って!ご飯に行こう!」と言っても全然話なんて聞いてくれない。
力強く抱きしめて、荒々しいけど優しくて。
いたずら小僧のような顔でニターッとして、イタズラしてくる。
怒ると、「ひろみちゃん、ひろみちゃん、どうしたの?」って、犬のように甘えてくる。
彼と付き合ってからかな、男の人を見ていると、男の人って犬ぽいと思う用になった。
猫ではないな。彼女が御主人様。それでベタベタ甘えて、言う事をきかない。
やることが「おバカで。」
だから「好き。大好き。」
剛が転勤してから、休みは一人でいることが増えた。
元々、インドア派の私は家で本を読んだり、素敵なカフェでのんびり過ごすことが増えた。
カフェに行った帰りにお気に入りの温泉に入って部屋に戻る。
この部屋に戻った時の寂しさになかなか馴れない。
テレビや音楽の音もなんだか無機質なものに感じてしまう。
それで直ぐに電話したいのだけれど、剛は仕事中である。
乗り継ぎの列車を待ちながら、ぼんやりとこの1年のことを思い出していた。
いつも横に剛のいることが当たり前になっていた日々の生活が一転して一人になった。
彼の元へ行き帰えりの時に乗り換えるこの駅は、私にとっては寂しい場所になっている。
彼に会いに行く時のワクワクな喜びよりも、寂しさの方が勝ってしまっている。
初春のみぞれが更に寂しさと憂鬱さをつのらせている。
プラットホームの待合室で、剛に電話をかける。
呼鈴が聞こえる。
呼び出しコールを数えながら聞く。
10回なると、虚しく留守番サービスにつながった。
「熱は下がった?また電話するね。」
そう留守番電話に声を残して電話をきった。
寝ているんだろうな、どうして剛の横にいてあげなかったんだろう。
今になって、後悔している。
朝が早かったので、タクシーを降りて駅で列車に乗り込むと、睡魔に襲われてぐっすりと寝てしまった。
乗り換えのこの駅のホームを風が通り抜ける。
風に乗って、彼に会いに行けたら良いのに。
つづく