暴走
ワクワクしながら車を走らせた。
「どんな顔するかな?驚くぞ。」
ハンドルを握りつつニヤニヤする自分がいる。
太陽が昇り一気に気温が高くなった。
路肩の雪がとけていく。
山の頂はまだ白く、木々はまだ芽吹いてもいない。
晴れた空と雪の被った山並みが綺麗である。
臥牛山。
牛が伏せたような格好に見えるというが、どこから見たらそう見えるのだろう。
そんなことをぼんやり考えながら駒ケ岳の横を走っていた。
釣りに行ったが何も釣れず、夜が明けた。
正確に言うと、手のひらよりも小さいカレイを1枚釣ったのだが、あまりに小さいのでリリースしたのだ。
そんな時に、ぼんやり霞む太陽が水平線から昇ってきた。
その太陽を見ていると、無性に彼女に会いたくなった。
熱も下がり、体調も万全だ。
「よし!」と気合を入れて家に立寄ることもなく車を走らせている。
朝9時前に会社にはまだ熱があるので休むと伝えた。
「そんなに具合が悪いなら、顔を出そうか。病院に連れて行ってやるよ。」と、とぼけたような口調で所長が言って来た時はドキッとした。
慌てて「大丈夫です。病院にも行きますので。また連絡します。」と必死に食い止めたのだ。
所長は、何か感じたかもしれない。
仮病を使ったのがバレたかもしれない。
年度の終わりと年度初めを休んでしまった。
会社的にはとても大切らしいが、所詮雇われの末端社員だ。
「まあ良いや、いつ辞めても良いからね。そんなに必要ともされてない。」
だから、深く考える必要もない。
昼前に彼女のアパートの前に着いた。
当然、彼女の車は駐車場にはない。
会社に行っているのだ。
彼女が部屋に戻るまで時間を潰すしかない。
知り合いに見つかると面倒なのでそれも避けたい。
何せ、仮病で休んでいるのだ。
数年住んだこの町には知り合いも、会社の同僚もいる。
見られてはまずいのだ。
勢いに任せて彼女に会いに来たことに少し後悔し始めた。
彼女が帰るまで、何をしたら良いかわからなくなった。
連絡すると驚かせることができなくなるから連絡はしたくない。
よく考えると、仕事の後に真っ直ぐ帰宅するかもわからない。
「用があれば帰ってこないよな。
俺、何やってんのかな。なんか変だな。」と思いつつ、目的もないままに車を走らせた。
人のいない所へ行こう、そこで時間を潰すのだ。
まずコンビニによって食材を買い山に向かった。
なぜ山なのか、自分でもわからない。
向かったのは良いが、周辺は一面雪である。
道南と違い、一面まだ深い雪に埋もれている。
気温も一気に下がり始めている。
進路を変えて進んだが、周辺の状況は変わらない。
一面雪で覆われた湖畔でキャンプ用ストーブを出して火をつけた。
コッフェルに水を入れて沸かす。
凍った湖面を走る風が冷たい。
遮るものなく風を受けている。
寒さに震えてお湯を沸かし、なんとかかんとかパスタを作った。
凍えながら食べる。
もう、味などどうでも良くなっていた。
取り敢えず、腹を膨らませれば暖かくなるだろう、と考えて食べたのだ。
春の訪れの遅い山の中は、風が冷たくただひたすら、寂しかった。
「俺、何やってんのかな。」再びそう呟いて車に乗り込んだ。
食ったんだけど腹は満たされないし、何しても楽しくないし、寒いしね。
もう、温泉で温まろう。
そう思って温泉に向かう。
温泉で時間を潰して夕方に彼女の家に向かった。
アパートの前で車に乗って、ひろみを待つ。
時間ばかりが気になる。
ラジオがかかっているが、全く耳に入ってこない。
夕方の帰宅時らしく、車の往来が増えた。
少しドキドキする。
どんな顔するだろう?
そう思って顔を上げた時に、ひろみの車が駐車場に入ってきた。
こちらを見て驚いた顔をしている。
笑顔でひろみに手を振った。
車を降りてひろみの車に近づいていく。
車を降りてきたひろみは、驚いたというよりも怪訝そうな顔で伏し目がちだ。
「驚いた?」と得意げな笑顔で剛がひろみに話しかける。
「体調は良くなったの?仕事は?」矢継ぎ早に質問してくる。
「俺が来て嬉しくないの? 仮病使って休んだんだ。
ひろみに会いたくてさ。」
黙ったまま歩き出すひろみの後ろを追いかける。
「あのさ、何処かに飯食いに行かない?」と剛が誘うがひろみは全く歩みを止めない。
「行かない。行けるわけないでしょ。何やってんの?仮病使って会いに来ても嬉しくないの。帰って。」
と、歩みを止めて振り返りざまに答えた。
「えっ?帰って?何で?泊まっていくよ。」
と、言うが、ひろみは睨みつけるようなキツイ目で
「帰って。仮病使って休んでみんなに迷惑かけて、仕事ほったらかしにして会いに来られても喜べないから。
帰って!
子供じゃないんだから。
自分のやっていることわかっているの?
私が家に上げれるわけ無いでしょ!」
「ずっと待ってたんだけどね。」そう言いつつ、帰らなければならないのかなと考えつつひろみの顔を見ていた。
「良いから帰って。お願い仕事をちゃんとして!休みに会いに来て。」
「わかったよ。帰るよ。帰れば良いんだろ!」と不貞腐れたような口調で剛が答える。
「本当は部屋に入れたいんだよ。でも、駄目なの。仮病使って休んで仕事放棄している人を部屋にあげられないの。だから、今日は帰って。」そう話すひろみの目に涙が浮かんでいた。
「わかったよ。ごめん、帰るよ。」
そう言って剛は車に向かった。
後ろから追いかけてきて抱きしめてくるか、「やっぱり帰らないで!」って言うかもしれないと期待したが何も起こらなかった。
車に乗り込む時にひろみを見たが、無言でこちらを見ていた。
エンジンをかけて走り出そうとするとき、ひろみが走ってきた。
窓を開ける。
「これ食べて。」と言いつつ、袋を差し出してきた。
夕飯に食べようとした惣菜のようだ。
車から降りてひろみを抱きしめた。
そして、車に乗り込んだ。
暮れ始めた町を背に帰路に着いた。
峠の前にコンビニによって夕食を買ったとき、携帯を見た。
ひろみからいくつものメールが入っていた。
剛は「ありがとう」とだけメールした。