あの日、父とピーマンの肉詰めのハナシ

今日はピーマンの肉詰めだよ。

ピーマンが大好きな4歳の息子に
これを言うと、すごく喜ぶ。

私の思い出の料理。


昔むかし、現在30歳の私が
10歳の時、初めて母が入院した。

家にいつもいるはずの母がいない。
困った。ご飯、どうしよう。

父がどうにかしてくれると思ったら、
父も困っていた。

そして私にこう言った。
 ご飯、どうするかな。

私は母がいつも大事に見ていた
分厚い基本の料理の本を持ち出し、父に見せた。

 これならつくれるんじゃない?

父にピーマンの肉詰めを提案した。
 そうだね、作ってみよう。

父はそういうと、2人でスーパーに行き、
材料を買って、料理開始。

困った、父も料理が出来なかった。

父は仕事が忙しく、普段は家にいなかったから
そんなことも知らなかったのだ。

母から教わった包丁の使い方、
母から教わった野菜の洗い方、切り方。
母から教わった、火加減。

思い出しながら、
分厚い本を読みながら。

ふたりで、ピーマンを縦半分に切って
片栗粉をまぶし、肉を詰める。

最後に、肉の上にパン粉をかけて。

 ジュー。ジュー。パチパチ。

上手く焼けるかな、美味しいかな。
父も私も少し不安になりながら、やっと完成した。
すごく長い時間だったと思う。

 あ!お肉に味つけるの忘れたよ。

私がそう言うと父は、いいよ、大丈夫。
と言って

ふたりでピーマンの肉詰めに醤油をかけて、
ご飯と一緒に食べた。

美味しかった。
けれども寂しかった。

母の存在が当たり前だった10歳の私は
当たり前では無いことをその瞬間知った。
強くならなければと思った。

そして父も。
きっと、同じ気持ちだったと思う。
妻が当たり前の存在では無いことを。

それから数年後に母は亡くなってしまった。
入院していた時の乳がんが転移してしまったから。

けれど、あの時、
ピーマンの肉詰めを父とふたりで作ったこと。
あの寂しい気持ち。
母の温かさ。

それはずっと胸に残っている。

この話はよく4歳の息子にする。
会えなかったおばあちゃんの話として。
じいじが頑張った話として。

何故かピーマンを生で食べるほど
ピーマンが好きな息子は、

ピーマンの肉詰めを作ると喜ぶ。
本当にすごく喜ぶのだ。

そしてそれを見て、わたしも温かい気持ちになる。

だけどやはり、
あの時、父と作ったピーマンの肉詰めは
忘れられない味である。

#元気をもらったあの食事


いいなと思ったら応援しよう!