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サニー・スポット 第33回

 彼がそんなことをするはずはない。一時の過ちを悔いて、精神的に追い詰められた日々にやっと区切りがつき、自分の軽はずみな行動を償う道筋が見え、人生をやり直す出発点に立とうとしていた高藤に限って、それはあり得ない。蓄積した疲労から解放され、暗い行く手にわずかに光明を見出した安心感からふと気が緩み、うかつにもエンジンを止めずに深い眠りに落ちてしまったに違いない。
 助手席で寝たのが徒になったのかも知れない。運転席だったならば、エンジンを切りやすかっただろうし、ハンドルが邪魔で寝返りを打ちにくく、目覚めることもあったのではないか。さらに、緩やかなカーブに加えて路面がわずかに低くなっている地形のために、車列の中でも吹きだまりになりやすい場所でなかったならば、排気マフラー周辺と、フロントガラス下部の空気取り入れ口の両方が塞がれることもなかったはずだ。偶然の重なった不運な事故としか考えられないという辺見の見解に、日下部刑事も、最後は同意したように深く頷いた。
 辺見のことばを聞いて杏子は、辺見の日下部に対する証言が、本心に逆らってあえて友を激励しなかったことに対する罪悪感に基づくものではないと、納得したようだった。警察の判断と、それに基づく銀行の対応が温情による特別なはからいではなく、理に適ったものなのだと確認することができて安堵している様子が窺えた。
 辺見は正直にいえば、自殺の疑いについて、ひょっとしたらという思いをまったく抱かなかったわけではなかった。その疑念を振り払い、日下部刑事に決然と否定してみせたことに償いの意図がまったくなかったとはいい切れないのかも知れない。だがそれは金輪際誰にも、妻にも話すまい、墓場まで持っていこうと決めていた。それも自分に科された罪滅ぼしの延長だと考えていた。

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