ジグソー 第12回
修子は中学と高校では生徒会役員を務め、剣道にも精を出した。大学は都内の名門私立女子大学を卒業した。勝ち気なところはあるものの、人付き合いもそつなくこなし面倒見も良い。頭脳明晰で弁舌も爽やかである。
新婚の頃、二人でオセロゲームをしたことがある。一成はことごとく終盤に逆転されて一度も勝てなかった。しかも、逆転されたというよりは、修子は先の先まで手を読んでいて、着々と勝利へ向けた戦略を見事に展開していたように思えてならない。その後、一成も修子もオセロをしようとは言い出さなかった。
ある時修子が子どもたちの小学校の通知表を見ていて、何気なく漏らしたことばを一成は忘れられない。修子は懐かしそうに、そしてかすかに自慢げに、と一成には聞こえたが、こう言った。
「4もらっちゃったことがあったなあ」
今は「良い、普通、もう少し」という三段階のマイルドな評価法になっているらしいが、彼らの時代は「5、4、3、2,1」だった。
「お前、ほとんどオール5だったの?」思わず一成は訊いた。3や4ばかりの通知表だった彼は、妻のことばに驚き、たじろぎ、なぜか焦りや嫉妬をすら感じた。
一成はそんな修子を頼もしくも思い、家計を含めて家や子どものことや近所づきあいなど、日常生活のほぼすべてを彼女に任せきりだった。修子は町内会やPTA、そして会社の上司や同僚との付き合いを申し分なくこなした。そんな妻の様子を見るにつけ、一成は彼女への愛情と信頼が一段と増すと同時に、心中にかすかな劣等感が兆し始めたことも感じていた。
修子の実家から車の購入費や教育費などの経済的援助の申し出があると、いつも丁重に辞退していたが、邪魔になるものでもないからと言われて結局受けとることになった。大いに助けられはしたが、一成には内心忸怩たるものがあった。修子が上司を始め社員のエピソードをよく聞かせてくれることも、時に疎ましく思えることが増えていった。
コンプレックスが顔を覗かせるようになり、それが先入観や偏見となって妻の言うことを素直に聞けなくなっている自分に、一成は気がつかなかった。それは、生まれてから大学卒業まで峰坂を離れたことのなかった一成が、心の奥底にひっそりと残り火のように抱えていた、東京への憧憬の裏返しの感情だったのかも知れない。