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グラデーション 第4回

伝説の秘宝「幻の銀水晶」と月のプリンセスを探し出せと言う、黒猫ルナの謎のことばにどれほど気を揉み、セーラームーンの窮地を救うかっこいいタキシード仮面こと、地場衛をどれほど心強く思ったことか。タキシード仮面のキザっぽいのに、どこかずっこけているセリフも楽しみのひとつだった。
興味を覚えた日本語で、読書もしてみたいと思い始めたのもこの頃だ。五年生が終わった夏休み、母リサの車で近くのサンタアナ公共図書館の支所に連れていってもらい、とりあえず入門用として絵本を探してみた。すると、面白そうでしかも日本語版と英語版の両方がある絵本があった。アメリカに渡った鹿児島出身の絵本作家八島太郎の『からす たろう』と、英語版のCrow Boyの二冊を借り出して、家に帰ると早速読み出した。
 
 恥ずかしがり屋で人と話すことが苦手なたろうは、握り飯を持って山道を毎日二時間もかけて学校に通う。クラスの輪に入れずにいつも一人ぼっちで、誰にも相手にされない。だが、いそべ先生に出会って心を開き、学芸会でカラスの鳴き声を披露する。みんながその素晴らしさを認め、たろうは卒業式で皆勤賞を授与される。
 ナオミは読んでいて何度も涙を流した。たろうがいろいろなカラスの鳴き声をまねし分けるのを聞いて、子どもたちがたろうの住む遠くてさみしい山の中を想像して、涙を流す描写がある。その場面になると、ナオミはいつも声を出して泣いた。日本語で読んでも英語で読んでも涙が溢れた。そして、物語にも心を動かされたが、美しく描かれた自然豊かな日本の風景にも惹きつけられた。物語の筋には作者の幼少時代、情景描写には、プロレタリア芸術への弾圧を逃れて渡米した作者の望郷の念が反映されていると、のちに知った。
 たろうが周りになじむことができず、教室で机の蓋や窓の外を眺めたり、校庭で周りの物音に耳を傾けたり、ムカデやイモムシを捕まえたりして気を紛らわしている場面を読んで、ナオミはある出来事を思い出した。小学三年生の時、授業で自分の祖先の国の旗を描くことになった。何も考えずにクレヨンで星条旗を描いたナオミに、担任のコリンズ先生が言った。
「日本の日の丸も一緒に描いたらいいんじゃない? 私、あのデザイン、好きなんだけどな」
「でも、わたしはアメリカじんよ」
「ひいおじいちゃんか、ひいおばあちゃんは日本から来たんでしょ?」
「うん、そう」

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