見出し画像

サニー・スポット 第24回


 小さな棘をいちいち抜いている暇はない。委員会では沢内委員以外の四委員が三日に渡って善後策を検討したが、申立人への配慮を優先せざるを得ない、という苦渋の決断に至った。七日に調査委員長から報告を受けた辺見は、忸怩たる思いを胸に秘めつつ、電話でその旨を沢内弁護士に伝えた。
 その翌日、沢内は調査委員会の、岸辺に対する配慮と調査報告書の完成を優先するという方針に抗議するとして、辞表を提出した。辺見は辞表を見て、沢内の阿吽の呼吸の勇断に、感謝の念を抱かずにはいられなかった。事務所を訪ねて委員就任を依頼した際に、冷静で的確な物言いにやや気圧されながらも、この人物なら信頼できると直観したことを辺見は思い起こしていた。大局を見極めた出処進退は、あっぱれという他なかった。例の勧告書などには望むべくもない、高邁な志を目の当たりにする思いだった。
       Ⅴ
 高藤家の居間の日溜りの中、安穏として眠っている高藤修一の、好好爺然とした寝顔をしばらく無言でじっと見つめていた辺見は、やがて顔を上げて杏子夫人に話しかけた。
「罪を憎んで人を憎まずといいますが、僕は罪を憎んで人も憎んでしまったのだと思います」
「いいえ、そんなことはないと思います」
 そのとおりかも知れない。杏子夫人のことばを信じたい。だが辺見にはそう言い切る自信がなかった。「過つは人の常、許すは神の業」というではないか。過ちを処断しながらも、過ちを犯した人間に配慮する。まして友人ならばなおさらのこと、励ますべきではなかったのか。十九年の間、辺見の心から離れることのなかった後悔の念、あるいは後ろめたさといってもいい、それが彼の脳裏を再びよぎった。あの日あの時の情景とともに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?