サニー・スポット 第27回
ひと言、会議室のドアを開けて高藤を追いかけて、議長としてではなく、友人として何か声をかけていれば、高藤君はこういう状況にはならなかったかも知れません。会議室のドアを一歩出れば、特別事案の当事者としての高藤と、事案を処理する支店側の代表としての辺見ではなく、入行以来の親友としての、彼と私であったはずなんです」
辺見のそのことばに、じっと耳を傾けていた杏子は、しばらく無言だったが、やがて自らの思いを確かめるように口を開いた。
「それでも、主人は生き残ってくれました。今の私はそれで充分満足していますし、高藤を介護する日々には、私なりに生きがいを感じています」
「生き残ってくれました」という、杏子のあまりにも痛切で切実なことばに、辺見はことばを失った。深い記憶の淵から、暗闇の中で雪嵐が猛威を振るった、あの夜の顛末の記憶をたぐり寄せてみるしか、辺見にはなすすべがなかった。
Ⅵ
処分通達の五日後、停職の辞令が交付されるのを待たずに、高藤は、一週間の有給休暇中に依願退職を申し出た。同僚や上司、さらには植田支店長も慰留に務めたが、高藤は、感謝のことばを述べながらも応じることはなかった。彼の決心が揺るがないことを悟った支店長は、力を尽くして取引先や融資先をあたって再就職先を斡旋し、五月一日付けで市内の中堅人材派遣会社へ管理職として入社することが決まった。
三月の始め、高藤は、出向先の七郷支店に出向いて残務整理と引継ぎを行った。それ以後三月一杯は再び有給休暇を取って、月末に退職する予定にしていた。その日は、パソコン内の資料整理に思いのほか手間取り、夜の八時過ぎに自分の車で家路についた。強風が吹き荒れて雪が舞い、夜空は白く霞んでいた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?