見出し画像

ジグソー 第9回

 思い当たることの多い話を聞いて、貴裕は懐かしさで胸が一杯になったが、平静を装って答える。
「そうですか。そのうち思い出しますよ。その時にまた教えてください。えーと、それじゃ今日はこの辺までにしておきましょうか。また来週お伺いします。でも、リハビリがない日もできるだけ、歩くようにしてくださいね。四つん這いになって、対角の手と脚を持ち上げるアームレッグレイズは効果がありますよ。フィットネスルームの、ウォーキングマシンとかエルゴメーターとかもせっかくだから使ってみてください。ウォーターベッドは、仰向けのまま全身を揉みほぐしてくれるんで評判いいんですよ」
 写真入りの、エクササイズやフィットネス器具の解説を印刷した手作りのプリントを示しながら、貴裕は大きめの声でゆっくりと説明する。ウォーターベッドは、マット下に仕掛けられた平たいチューブに入った水を、ポンプの水圧で攪拌して全身を揉みほぐしてくれる。眠たくなるほど気持ちがよくて、待ち時間が出るほど人気の器具だ。佐伯もすぐに思い出したらしく嬉しそうに言った。
「ああ、あれはいい。天国にいるような気分になる。あのまま天国に行けちゃえばいいって思っちゃうよ。じゃ、今日もお世話になりました。また、よろしくお願いします。ありがとうございました」
「では、今日はこれで失礼いたします」
 槇野はそう言って、佐伯老人の体にかけていたタオルを手早く片付け、佐伯の部屋を出た。
 廊下を歩き始めてすぐに、彼は顔なじみの介護福祉士、和久睦子の姿を見かけた。還暦間近の和久は、長年レストランの配達サービスと、介護食の配膳係も担当している。槇野の姿に気づいた和久が会釈をして、一緒に歩き始めた。
「槇野さん、佐伯さんも担当することになったんだ」
「とりあえず第二クールで四月から六月までの火・金です。リハビリのエクササイズに熱心に取り組んでくれて、やりがいがあります」
 面倒見が良くて人なつっこい和久は、佐伯老人の居室も担当しているので、いろいろと教えてくれた。

いいなと思ったら応援しよう!