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ラベンダー 第9回

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 数日後、翔子は大学時代からの友人、門馬千尋にスマホで連絡をとった。千尋は翔子が入っていたサークル活動ラクロス部のキャプテンで仲が良かった。今は養護教諭として峰坂市立入澤小学校に勤めている。久しぶりにランチを一緒にとることにして、翌々週の日曜日、それぞれ自宅から車で半時間ほどのファミリーレストランで落ち合った。半年ぶりだったので、ひととおりの近況報告がすんでから翔子が切り出した。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって、ちょっと聞いてほしいことがあって」
「それはすぐ分かったよ、で、どうしたん?」
「うちの旦那が、ちょっとややこしいこと言い出して」と前置きしてから翔子は先日来のいきさつを手短に話した。
「なるほどね。そうか、それで私に話してみようってことね」
「千尋はそういうこと詳しいだろうから、もしかしたらアドバイスとかもらえるんじゃないかって、そう思って。ごめんね、忙しい時に迷惑かけて」
「何言ってるの。全然迷惑なんかじゃないよ。そうねえ、まず翔子の疑問を解消する助けになるかどうか分からないけど、渉さんは異性装趣味なんだろうね」
「異性装趣味?」
 耳慣れないことばに翔子はオウム返しに聞いた。
「綺麗なものを身につけたいっていうのは、誰にもある感情よね。コスプレなんかもそのバリエーションかな。さらに異性の服も着てみたい、っていう人も結構いるのよ。『暮しの手帖』の編集長でグラフィック・デザイナーだった花森安治は、おかっぱ頭で女性的な服装も多かったんだって。学生時代から奇抜なファッションで周囲を驚かせたらしい。他にもパチンコ雑誌の編集者で、女装は居心地がいいって言ってる人が、新聞のインタビュー欄に載ってたのを読んだことがある」
「あ、うちの旦那もそんなこと言ってた。落ち着くんだって」
「あ、やっぱりそうなんだ。何となく分かんなくもないよね。歌舞伎の女形や、宝塚の男役の華やかな姿にうっとりする人も多いしね」
「でも、私もテレビで見る宝塚の男役は素敵だと思うけど、そのまねを自分でしようとは思わないんだけど」
「それは、ま、程度問題ともいえるね。サッカーの応援する時に、フェイスペイントまでするかどうかの違いと似たようなもんよ。ボーイッシュ、ガーリー、ロリータ、アイビー、ロック、パンクにタトゥー。人の好みはそれぞれでしょ」

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