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ラベンダー 第8回
翔子は自分の声がやや裏返っているのが分かって、軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとした。すると渉が答えた。
「ごめん、言い方が悪かったかも知れない。でも、もともとバレンタインデーの習慣は国や文化で違っていて、女性だけが贈り物をするわけじゃないらしいよ。世界では、感謝とか親愛の情を示すために、男性も女性も特別な人に贈り物をすることが多いって、いつかテレビで言ってた」
渉にそう言われてみると、それも一理あるか、とふとそんな気がした翔子は冷静に整理してみた。「つまり、渉君は同僚に遍く親愛の情を示したい。それを女性が男性にチョコを贈り、お礼に男性が女性にクッキーをプレゼントし合うという日本の文化の中で表現するには、全員を対象に両方に参加したいというわけね。博愛主義の渉君ってことか」
「そんな大げさなことじゃないけど、今の分析は当たっている。僕自身でもよく分からないことを、見事に説明してくれた」
「お褒めいただいたのは嬉しいけど、ちょっとついていけない感じもあるなあ。でも、そんなとこも渉君らしいよ。まあ、いいんじゃない、としか言えないな。同僚の人たちも拒否はしないだろうし」
「僕っておかしい? 変なのかな?」
渉がそう聞くと、まるでそれを予測していたかのように、間髪入れずに翔子が答えた。
「何もおかしくなんかないよ。渉君は渉君だよ。今までどおりにしてもらって全然構わない」
少し怒ってでもいるかのように、そのことばはややかすれて、翔子はなぜか鼻の奥がつんとした。だが、それは決して嫌な感覚ではなかった。
「そっか、ありがとう。嬉しいよ、そう言ってもらえて本当に」
と、渉も少しくぐもった声で言った。ただ翔子は、なぜ自分が意外なほどすんなりと夫の言うことを受け入れ、支えようという気にすらなっているのかは、まだはっきりとつかめていない気がした。ついさっき、自分の中では一応の決着をつけたはずなのだが、まだ完全には腑に落ちなかった。自分の納得の仕方に完全には納得がいかないところがあった。