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ラベンダー 第15回

       *
  その後しばらくは二人とも仕事に追われたこともあり、折り入ってこの話題に触れることはなかった。だが、時間がたって気持ちの整理がついてくると、夫婦はほぼ同時に同じ心配事に思い当たった。
「子どもたちにはどう伝えたらいいと思う?」と、口火を切ったのは渉だった。
「名案なんかあるわけないんだから、素直に打ち明けるしかないんじゃない?」
 翔子のことばに渉も同意して、いつ話すかは決めずにおいて、機会を窺うことにした。
 二週間ほど過ぎた日曜日の朝、誰も出かける予定もなく、いつもよりのんびりとした朝食をすましてから、翔子が言った。
「久しぶりにみんなでコーヒーでも飲む?」
 元希も陽向も賛成した。コーヒーを入れながら翔子が目配せをしたのに気づいた渉は、軽い咳払いをしてから、やや緊張した面持ちで、先日妻に打ち明けたことを息子と娘に話し始めた。二人はさほど驚いたり、ショックを受けたりしたというふうでもなかったが、しばらく無言だった。
 やがて、元希が、ちょっとぶっきらぼうに話し始めた。
「あのさ、うちの大学には、ユニセックスファッションの男子学生も女子学生もいるよ。時々スカートはいてくる男子学生で、ファッションセンスの塊みたいに、めっちゃかっこいいのがいる。男装っていうかボーイッシュな格好の女の子はたくさんいるし、応援団の女子はチアガールが多いんだけど、学ランで決めてるのもいる。だいたい今年の団長は女子なんだけど、その子は、応援団創設以来代々引き継がれている羽織袴に破れ学帽で、下駄履いて腰手ぬぐいなんだ。その羽織袴が初代から何十年も洗ってないとかで、近寄ると鳩小屋みたいなものすごい匂いがするんだ。
 だからどうってわけじゃないんだけど、親父のフェミニンな服装も、ちょっと面白い趣味っていうことで、別にいいんじゃないの? あ、でも応援団の衣装は役割りとして着てるもんだから、親父の服装の好みとは少し違うかな。だけど、好きで着てるってとこは違わなくね? それにヤマトタケルは、たしか女装して熊襲(くまそ)をだまし討ちして征伐したって、いつか日本史の先生が言ってた」
 少し的外れのような、あっけらかんとした元希の話しぶりに、渉も翔子もつっかい棒を外されたような気分になった。

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