サニー・スポット 第32回
もしも、先ほど仰っていた、励ましてやれなかったことの償いのおつもりでそのようにしていただいたのでしたら、ご面倒をかけまして、申し訳ない気持ちで一杯になります。どうか、そんなふうには考えないでください。そのために取り計らっていただいたかと思うと、私、何か、心苦しくて」
訴えるような、杏子のことばを聞いて辺見は、即座に答えた。
「いや奥さん、そんなことはありません。あれは事故でした。それ以上でも以下でもないんです。私が何か言ったからそう解釈されたなどということは、まったくありません。警察が客観的な判断を下した。それだけです。そして高藤君は、一身上の都合で依願退職をし、退勤時に遭遇した自然災害事故で労災を認定されたんです」
Ⅶ
十八年前の暴風雪の三日後に、高沢署のベテラン刑事、日下部祐樹が支店で辺見に面会を求め、その二日後には自宅にも訪ねてきた。高藤が車内で陥った一酸化炭素中毒が、事故なのか事件なのかを検証するために、何人かに話を聞いていると言う。日下部刑事は、支店での聞き込みでセクハラ事案の存在を知り、高藤の依願退職と再就職の情報も入手していた。あの朝、一酸化炭素中毒にかかったのは高藤だけであり、排気口周りの除雪をせずに、エンジンをかけっぱなしだったのも、彼の車だけだった。
念のため、自殺の可能性について調査していると日下部は言う。遺書などの明白な証拠は発見されなかったが、何かそれを思わすようなことを高藤から聞いたことはなかったか。あるいは、死に至るかも知れないと認識しながらあえてエンジンを停止させなかった、いわゆる未必の故意を、本人が抱いていたと思われる節はないか。
こう問われた辺見は、自殺する動機も状況も皆無であると即座に返答し、細かな付随の質問にも、丁寧にそして理路整然と自らの考えを述べた。辺見にはたしかに、罪を憎んで人まで憎んだのではないかという悔悟の念があった。しかし、日下部に対して一貫して事件の可能性を否定させたのはその悔恨ではなく、辺見の高藤に対する信頼であった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?