サニー・スポット 第29回
翌早朝、杏子は高藤に携帯電話をかけた。六時から八時までの間に五回ベルを鳴らしたが応答がない。疲れて熟睡しているのだと自分に言い聞かせながら、朝食の準備をして、滉平と楓を大学と高校に送り出した。雪はやや小降りになり、風の勢いも弱まっていた。高藤の車に向かって駆け出したい衝動を抑えながら唇をかみしめていた杏子に、管轄の高沢警察署から電話があったのは八時すぎだった。
暴風雪で昨夜から立ち往生した五十八台の車の救出作業が、市の除雪車に加えて自衛隊と警察の車両と消防のレスキュー隊によって、夜明けから開始された。積雪は七〇センチほどで、屋根とボンネットに雪の綿帽子を被り、窓ガラスに雪がこびりついている車が多かった。乗用車、トラック、ワゴン、SUVなどのほとんどがエンジンを止めていたが、排気口周辺を除雪して暖機運転をしている車が六台あった。
一台の小型車もエンジンが動いていたが、マフラーの周りは雪が吹きだまりになっている。警官が慌てて窓ガラスの雪をこすり落として中を覗き込むと、助手席のシートを倒して一人の男性が眠りこけていた。高藤の車だった。
ドアを開けると暖かい空気が外に広がった。声をかけても応答がないので体を揺すると、その男性はぐったりとしていて昏睡状態だった。直ちに救急車で搬送された市内の相沢病院で急性一酸化炭素中毒と診断され、応急処置が施された。
十時五分に病院に駆けつけた杏子は、命に別状はないが、後遺症が残るかも知れないと担当救急医に告げられた。不幸中の幸いにも、高藤は一命を取り留めたが、医師の悪い予測が的中して障害が残った。記憶障害、運動神経麻痺、そして判断力や思考力の低下である。
辺見はすがるような思いで、少しでも明るい話題に転じようと、杏子夫人に尋ねてみた。
「高藤君は、最近はどんな様子なんですか。私と同じですっかり白髪になってしまったようだけど、外出などはしているんですか」
「ゆっくりですけれど一人で歩けますし、私が運転して遠くに出かけることもあります。会話は小学生としているみたいですが、意思の疎通は問題ないんですよ。たまにはお酒も飲みますし」
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