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ラベンダー 第17回

       *
 二週間後のバレンタインデー、例年のように石井佳苗と水野里紗がチョコレートを配る段になって、渉はやや唐突に、チョコとクッキーの両チームに二重登録するわけにはいかないだろうか、と願い出た。
「こうするほうが、私は気持ちが和むので、よろしければお願いします」と理由を説明して、固唾を呑んで周囲の反応を窺っていると、女性二人は狐につままれたような表情で互いに顔を見合わせている。だが、すぐに、渉より少し年長の石井が
「援軍来たるね。味方が増えてよかった、ね?」とほほ笑みながら言って、水野の顔を見た。すると三十代半ばの水野は
「さあ、これでチョコレート軍は層が厚くなって、質も量もこれまで以上に期待できますからね。クッキー軍も負けないでくださいね」と応じて嬉しそうに笑った。今井課長はさほど驚いた様子もなく「おう、それもいいな」と言っただけで、まるで予期していたかのように、すんなりと受け入れてくれた。
 渉は家族に告げた時のようにやや拍子抜けして、思ってもみなかった不思議な安堵感に包まれた。渉が嬉しそうに女性陣に混じってチョコレートを配ると、今井は
「男性からチョコレートもらうの初めてだけど、なんかチョコっと変な感じだな」
と笑えない親父ギャグを飛ばしてから、わざわざ一呼吸おいて
「チョコだけに」と、言わずもがなの解説を付け足した。そして例によって
「その余計なひと言でますます寒くなるんです」
と、石井からいつものダメ出しをされた。男性陣の若手の西田綾は、少し頬を赤らめて、はにかみと緊張の入り交じった表情を浮かべ、おごそかに両手を差し出して深々と一礼をしながら、慎んでチョコレートを受け取った。ただ、もう一人の男性、嘱託でオフィス最年長の重田耕作は、戸惑ったかのような少しこわばった表情で、無言のままぎこちなく渉からチョコレートを受け取っていた。
 渉がさらに石井と水野にもチョコレートを渡した時の二人のはしゃぎようは、彼の予想を遙かに超えるものだった。
「きゃー、うそー!」と、破顔一笑でひとしきり嬌声をあげてから
「生まれて初めて!」
「バレンタインチョコだー!」
「夢みたい!」
「もったいなくて食べられない!」
と、口々に言い合う二人の目尻には、うっすらと嬉し涙すら滲んでいた。

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