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サニー・スポット 第38回

 固い表情で聞き入っている杏子の表情を見て、辺見はやや頬を緩めた。
「ご心配なさらないでください。事態は何とか打開できました。そのきっかけを与えてくれたのが、高藤の存在だったんです」
 驚きと安堵と喜びの入り交じった表情に変わった杏子を見ながら、辺見が話を続ける。
「裁判の展開にしびれを切らしたブリッグズは、傲慢にも米国出張を申請してきました。出張目的は、日米の円建て決済企業とドル建て決済企業の経営意識調査、となっていました。いい加減なでっち上げであることは一目瞭然でした。彼は日本で自分を取り巻く息詰まるような状況から逃げ出したいのだ、と私は見て取りました。彼をこだま銀行から、そして日本からたたき出す千載一遇のチャンスかも知れない、と考えました。そして、私は一か八かの勝負に出ました」
 そこまで聞いて、杏子は辺見の意外な一面を見た気がした。彼の男気で打開された、組織運営の裏舞台が明かされるような予感がして、少し身を固くした。
 辺見は支店長決裁で、ブリッグズに米国出張を発令した。本店の重役連が反対意見を出したが、本店の腰砕けの姿勢を逆手に取って、ブリッグズ裁判の全権は現在峰坂支店にあると主張して黙らせた。ブリッグズは案の定、故郷サウス・カロライナ州の企業に自らヘッドハンティングを持ちかけ、まんまと転職した。倫理的には問題のある人物だが、仮にもアイビー・リーグの修士課程を出た学歴が功を奏したのだろう。日本を発ってから二週間後、一身上の都合を理由とする退職願いがブリッグズから届いた。「それに対して私は……」
 辺見はそこで一呼吸おいた。
「どうなさったのですか」と杏子が尋ねるのとほぼ同時に、辺見は再び語り出す。
 辺見はブリッグズに、訴訟を取り下げるなら形式上依願退職扱いにすることはやぶさかではない。ただし、退職金は払わない。それで不服なら裁判所で会おうと言い放った。ブリッグズは、虚偽の業務を目的とした出張旅費を銀行に不正請求した以外に、峰坂支店の自室から頻繁にアメリカに私的な国際電話をかけていた。辺見は、裁判の途上で行った徹底した身辺調査で浮かび上がったこれらの事実を盾にとって、銀行は損害賠償の民事訴訟を起こす準備が万端整っていると、はったりを利かせた。

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