遥か久遠のハビタブル
くたびれたコートが雨を弾き、僅かな振動がゼイムスの肩を舐め尽くす。
若かりし頃はその感触を心地良くも感じたが、いつしか気が滅入るようになった。雨の中での捜査は決まって面妖な事件だった。
『身元は?』
『照合してるところだ。直に上がる』
光子煙草に火を入れ、路地に横たわる遺体を見やる。降り頻る雨に打たれるソレは、とてもこの世のものとは思えないものだった。
『不謹慎だとはわかってるけどよ、こんな気色の悪ぃ死体は初めて見るぜ』
ゼイムスの言にハーヴェイは鼻を鳴らした。だが、彼も同意見だった。
つくづく、わからない。コレが何なのか。刑事になって永いが、これほど不気味で奇妙で生理的嫌悪を覚えるホトケは初めてだ。
『どう見ても地球外のモンだよな。少なくともオリオン腕の外からだろうが』
『だったら渡航記録で引っかかる筈だがーー待て、照合結果が上がってきた』
ハーヴェイがバイザーに写される情報に目を通し、言葉を失う。
相棒の様子がおかしいことに気付かないほどゼイムスの感受回路は鈍ではない。
『おい、頼むぜ。今夜は火星とフォボスの衝突ショーだ。残業はゴメンだぞ』
『……ガイシャの死亡推定時刻は14時間前。死因は内部からのガンマ融解。おそらくメルトダウンした炉心を無理矢理飲み込まされたんだろう』
『で、その不憫な最期を迎えたコイツは一体どこの星系から来たんだ? 肉が着いてるからには余程のーー』
『……“人間”だ』
『…………なんだって?』
人間ーーかつてこの星を支配し、栄華を極めた種族。生態系の頂点に君臨しながらも、ゼイムス達“機械”を産み出した後、彼らにとって代わられ、約5千万年前に絶滅した生き物。
そんな古代生物の死体が何故ここに。それも、つい半日前まで息をしていたなんて。
激しさを増す強酸の雨が遺体の原型を流してゆく。
まるで地球がその存在を許さないとでも言うかの如く。
【続】