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秋桜畑で会えたなら(短編小説)

 その日の放課後は特に予定がなかった。
 まきちゃんを遊びに誘ったけれど、他の子と約束があるからと断られてしまい、特にすることがなくなってしまったのだ。
 家に帰っても今はもう誰もいない。

 はなは下校時はいつもならここで左の道を通るのだが、何となく今日は右の道を選んだ。
 確かこの道の先にだだっ広い空き地があり、小さい頃シロツメグサを摘んで遊んだことや、太郎と一緒にお散歩したことを思い出していた。
 懐かしさを胸に抱き、進んで行く。

 あった。あった。
 道の先、右手にだだっ広い空き地が見える。
 はやる気持ちを抑えきれずに小走りでかけて行くと、目の前に目的の空き地が広がっていた。
 
 足を踏み入れた途端、ふっと空気が変わったような気がした。

 空き地ははなの記憶にあるよりもかなり広くて、その先の茂みには道が続いている。
 こんな所に道があったなんて、知らなかったな。
 はなは茂みにわけ入り進んで行った。


 道を進んで行くと綺麗な小川があった。小鳥のさえずりが耳に心地よい。
 近所にこんな所があったなんて!
 はなは自分の中の世紀の大発見に一人悦に入る。
 途中、真っ白いお爺さんとすれ違う。
 「こんにちは。」
 挨拶をすると、お爺さんはにっこりと笑った。
 

 坂を登りつめたその先には秋桜が一面に広がっていた。
 「わー。きれーい。」
 はなは駆け出して秋桜畑に踏み入った。

 そこには先客がいて、はなを見つけるとこちらへ嬉しそうにかけてきた。
 「こんにちは。」
 その子は笑って言った。
 「こんにちは。」
 はなは慌てて返した。
 「何してるの?」
 そう言ってその子は、はなが見ていた秋桜を一緒に覗き込んだ。
 その動きに驚いてモンシロチョウが飛び去っていく。
 「あっ。」
 行方を追った目の先には、沢山の蝶々がひらひらと楽しそうに飛び交っていた。
 それはとても幻想的な風景だった。


 「綺麗だね。」
 「うん。」
 二人で暫く蝶々を眺めていた。
 こんな風に一緒に同じ景色を眺めることがごく自然なことのように思えた。
 
 
 ややしてその子は言った。
 「よくここに来てたんだ。やっと会えた。」
 誰に?
 「僕のこと覚えてる?」
 期待に満ちた目で見つめられて、はなの中でバラバラだったパズルのピースがカチッとはまる音がした。ああ、そうなんだ。
 所々黒が混ざった薄い色素のその髪。
 利発そうで綺麗に澄んだその眼差し。 
 面影が太郎と重なる。
 寂しい時、いつも側にいて顔をベロベロ舐めてくれた。

 「太郎?」
 「うん。そう。久しぶりはなちゃん。」
 太郎は嬉しそうに笑った。
 しっぽの幻影が見えた。

 太郎は物心つく頃からずっと側にいたはなの大切な家族だった。そしていつも一人でお留守番しているはなにとってかけがえのない友達でもあった。
 けれど去年、太郎ははなたち家族の元を去ってしまった。
 
 その時、一匹の蝶が飛んできて太郎の鼻先に止まった。太郎は身体を振るわせてくしゃみをした。蝶は飛んで逃げて行った。
 昔もお散歩の途中で同じことがあったなと思い出してはなは笑った。
 太郎も嬉しそうに笑った。

 それから二人は秋桜畑で蝶々が舞う中、鬼ごっこさながらかけっこをして遊び、転がって遊んだ。
陽をたくさん浴びた草と懐かしい太郎の匂いがはなの心を満たしていく。
 心ゆくまで二人は寝っ転がって戯れあって、そして笑いあった。

 やがて黄昏がやってくる。 
 太郎は言った。
 「はなちゃん元気でね。」 
 「うん。またねー。」
 門限が迫っていたので、名残惜しかったけれど、はなは太郎と別れた。
 また遊ぼうねと心の中で繰り返しながら。

 途中、振り返ると秋桜畑の中から太郎が手をブンブン振っていた。はなにはしっぽを懸命に振るありし日の太郎の姿が重なって見えた。
 夕陽を背にした太郎は黄金色に輝いていた。

 そして今度は、はなは振り返らなかった。



 
 家に着く頃にはもう陽が暮れていた。
 でもまだお母さんが帰る前だったからセーフだ。
 その晩は布団に入ると、はなは瞬く間に眠りに落ちた。
 夢の中でも太郎は嬉しそうに駆け回っていた。
 ああ、今日は太郎の命日だったんだ。
 夢の中でそんなことを思った。
 
 あれからはなは何度かあの空き地へと行ってみた。また太郎に会えるかなと淡い期待を抱いて。
 でも何故かあの秋桜畑へと続く道を見つけることは出来なかった。
 思い違いかも知れないと、違う空き地や違う道も辿ってみたけれど、やはり見つけることは出来なかった。

 あの日一度だけの不思議な再会は、少し落ち込んでいたはなを慰める為に、太郎が見せてくれた幻だったのかも知れない。
 秋桜畑で会えたなら、また一緒に駆け回りたいな。
 今日もはなは学校帰りにそんなことを思う。

 道端に咲いた秋桜が優しく揺れた。
 


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