見出し画像

さまようダイオキシンの行き場

 26年前の4月16日、大阪市内のメルパルクホールで記者会見が開かれた。大阪府能勢町と豊能町の町長が、ある数字を発表した。両町が運営する焼却場近くの池の泥から、1グラム当たり23000ピコグラムのダイオキシンが検出されたと言った。その時から、ダイオキシンという物質の毒性が、全国に知れ渡ることになる。

 四半世紀が過ぎて、ようやくダイオキシン汚染物の処理場所が決まったと24年3月5日、各紙が報じていた。いったい、なぜ、こんなに時を要したのか。発覚当時から2年にわたり、能勢町へ取材に通った身からすると、臭いものにフタはできないという考えに行き着く。

    ♢ ♢ ♢

 国内最悪のダイオキシン汚染が見つかって1年後にこんな新聞記事を書いた。

「どのくらい?」
「大丈夫。二十ちょい」
 大阪府北端の能勢町で先日、こんな会話を耳にした。 血圧の数値でも聞くように血液中のダイオキシン濃度が語られていた。

 この町のごみ焼却施設が超高濃度のダイオキシン汚染を起こし、半年の間に200人近い住民が労働省や大阪府の血液調査を受けた。中でも、焼却場労働者92人を対象とした労働省の調査結果は深刻だった。

 血中の脂肪1グラム当たり805ピコグラムが検出された人を最高に、15人が100ピコグラムを超えた。福岡県保健環境研究所が調べた一般人の平均値20ピコグラムに比べ、高
い人は数十倍にのぼった。

 100ピコグラム以上を免疫系、生殖系、脳神経系に影響が考えられる要注意レベルと指摘する専門家もいる。やっかいなのは、人体に入ったダイオキシンの影響を判断するデータが少なく、病気との因果関係を突き止めることが難しいことだ。
 焼却施設の周辺土壌から8500ピコグラムという高濃度汚染が表面化して、1年になる。ピコの意味すら知らず取材を始めたが、小数点以下にゼロが十一個つく一兆分の一の世界でニュース判断を迫られたのがダイオキシン報道だった。

 豊能郡美化センターという焼却場で昨年9月、国の調査で5200万ピコグラムという土壌汚染が見つかってから、国の対応は一変した。 調査データについて厚生省幹部の「けたが違っていると思った」という言葉で、事態の重さをのみこんだ。同省は同型の焼却施設37カ所の緊急調査を指示し、ダイオキシンの無害化試験に乗り出した。環境庁は土壌汚染の暫定基準を作った。
 国のダイオキシン対策が一気に進み始めた。だが、これほどの汚染を事前に防げなかったのか、汚染を招いた責任の所在は、という疑問は未解明のままだ。

 施設の運転管理を委託され焼却炉メーカー三井造船の子会社は、1992年に施設を運営する豊能郡環境施設組合にダイオキシン対策工事の検討書を出している。 組合も三井側もダイオキシン対策が必要と認識していたわけだが、工事はなぜか実施されなかった。また同年、
大阪府の職員三人が施設の立ち入り検査を実施し、ダイオキシン対策の指導をしている。な
ぜ、指導が実らなかったのか。

 焼却炉からのダイオキシン発生は、世界では20年前に知られている。厚生省は90年に「可能な限りダイオキシンの発生を抑制する」指針を初めて出したが、なぜ、この時に既設炉の排ガス基準を定めなかったのか。業界への配慮があったのではないか。

 すでに能勢の施設が運転を始めて3年近くたっていた。オランダでは89年に、現在の日本の排ガス基準より800分の1も厳しい規制値を法で定めている。 能勢がもしオランダにあれば、住民らがダイオキシン汚染に悩むことはなかったと考えられる。

 先月、六十代の2人の元従業員が、がんや皮膚病になったのはダイオキシンが原因だとして
労災申請をした。不適当な温度塩素を含んだ物質を燃やせばダイオキシンは発生する。 能勢の労働者の間で起きた汚染が、全国26万人の焼却場労働者の間で起きていないとは、だれにも断言はできない。

 高濃度に汚染された労働者らを次世代にわたってケアし、周辺住民の疫学調査も必要だ。ダイオキシンの健康への影響が分かっていないからこそ、 すぐに始める必要がある。

  ♢ ♢ ♢

 わかっていながら対策を取らない。元々は、能勢町と豊能町の住民が出したゴミから、発生したダイオキシンである。首都圏や神戸に持ち運ぼうとして発覚し、元に戻された経緯がある。臭いものにフタはできないのだ。

 この国の責任ある立場の面々は、大きな事象が現れてから、あるいは隠していたものが見つかってから、あわてふためく習性を持っていないか。何度、見てきた光景か。福島第一原発の事故で、津波対策が指摘されていたのにやり過ごした東京電力幹部の姿が重なる。107人が亡くなったJR宝塚線の脱線事故で、旧カープに自動列車停止装置(ATS)の設置を先送りしたJR西日本の執行部もまたしかり。

 「先延ばし」という「橋」は壊しておかないと、とんでもないツケを払わされることになる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?