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復活の流儀

〈SungerBook-キャッツアイ9〉

私としては、noteに集う方々を意識したかのような題材を、あまり扱いたくないと思っています。
そもそもは日々の生活日記として始まったであろう原初的なブログから、もう少しデジタルコンテンツとして制作者ニーズを洗練させたかに見えるnoteといえど、何というか「note界隈」での話柄に収まることを、避けて通りたい思いがあります。それは、すなわち私とnoteとの関係性の話になってくるでしょう。そう、もったいぶって言わなくとも、閲覧者の安易なアクセス期待のようで気が咎めるのです。


マガジンに見た夢

しかし、前回の「noteマガジン未だ完成を見ず」で、必ずしも自分が積極的に扱いたくないネタに陥ってしまったように、今回も同じようなジャンルの文脈に関わろうとしています。noteの住人や
その界隈の方でなければ、あまり興味の湧かない内容になるかもしれない、ということです。デジタルコンテンツ寄りというか、私の想定するnoter
(ノーター)向けになるように思われ、ノーティストを自称する者としては、そこを主戦場にしたくない意識が、もたげるのです。とはいっても、そんなにnoterを惹きつけるほどのものか、という懐疑もなくはないのですが…

そもそも私は、マガジンに浮かれていたと言って
いいでしょう。昨年夏頃からのnote投稿にそれはにじみ出ていますが、秋にかけて一転して苦渋の作業に陥ってしまいました。マガジン化作業が負担になっていたのでした。あまりのしんどさにやる気が失せてしまったのです。勢いよく流れている川の水が干上がってしまったようなものです。それを登頂を目前にして悪天候に見舞われビバークして一歩も動けなくなった、とも表現しました。

そこで書くことにしたのが「noteマガジン未だ完成を見ず」でしたが、着想にあった、やる気を回復させる記事企画アイデアは見つからなかったのでした。それがあれば川の水は浪々と流れたことでしょう。しかし、思いがけず成果はあったのです。とこうして私のマガジンは完成の運びと相成りました。干上がった川床をじっくり辿る振り返りを通じて、水は流れだしたのです。こういう効果を確信していたわけではありません。これは、思わぬ展開であり発見でした。私は自らを賦活させる方法を見つけてしまった、とは、ちょっと盛った表現かもしれませんが…

もともと私は一冊の本の制作を構想していました。8年ほど前のことで、新書一冊分の原稿を仕上げましたが、なかなか実現しません。自費出版でも企画出版でもなんでもいいとは考えていませんでした。

2019年から、LINEに以前あったテクストスペースで試運転を経て9月からLINE BLOGでの制作・投稿を開始。2022年8月からnoteへ移行してこんにちに至っています。昨年、遅まきながらマガジンに気づいて、これがブックに近いイメージとして感じられ、浮かれました。

キャッツアイ/突き詰める、見極める<論考>8本

内容的にはマガジン(雑誌)ではなく、ブックを志向しています。社会情勢に触れた題材はコラム的であり、どちらかと言うとマガジンですが、本義としてはブックをめざすもので、この意味では書籍化の代替としてデジタルコンテンツを活用しているという面は、確かにあります。そういう捉え方しかできない昭和のオヤジというのが正直なところでしょう。アナログコンテンツ育ちは、歴史的な文学的な堆積の土壌にたっぶり浸かっているものの、リベラル・アーツのような気の利いた風な表現を結実できないかとも夢見ています。

マガジンのインビジブル

昨年末、マガジンが自分なりにできあがってみて、ハタと気がつくことがありました。結論から言うと、note閲覧者の単記事とマガジンについての見え方(入り方)の問題です。

noteユーザーが自分のアカウントからタイムラインを見た時に、入口でマガジン一覧は見えないということです。もちろん、「記事一覧」か「マガジン一覧」の選択肢は出てきますが、その前の段階においての話です。

もちろん、一般ウェブサイトから、noteクリエイター名にアクセスすれば、単マガジンは出てきます。私がここで言おうとしているのは、書店で特定著者コーナーに辿り着いた際、同一著者の単本複数が並んでいるでしょう。あるいは、図書館での松本清張全集①〜⑳というようなことです。その意味で、マガジン一覧の視認がなされにくいということです。

単記事タイトルとマガジン画像のどちらが、タップなりクリックなりが少なく(=早く)到達できるかを想定すれば、単記事タイトルの方であるでしょう。note界において、利用者が即閲覧できるのは、単記事のタイトルであると思います。「マガジン」などの入口を1回タップなどすることなくマガジンを視認できない、そのことです。繰り返せばまず目に入るのは個別記事タイトルでしょう。

もちろん、 noteユーザーや一般読者がnote記事に入って頂けば、記事最下段の「ピックアップしています」でマガジンが一部紹介されたり、記事に出てくる制作者アイコンから中に入れば、制作者のマガジン一覧に辿り着くことはできます。

しかし、私は最初から単記事が目に触れると同じように最初からマガジン一覧が見えるルートがないか、と思っています。今、年末からnote運営さんに問合せしていますが、たぶんないでしょう。何故ならば、デジタルコンテンツは記事から読まれるからです、と考えるからです。おもしろそうな記事、興味深いニュース、役に立ちそうなノウハウに触発されて、閲覧に入るという流れが一般的な回路ではないでしょうか。現状マガジンは、どちらかというと補完的に主にカテゴリー分け機能として使われているかに見えます。

ただ、マガジン一覧のニーズとしては、例えば野口悠紀雄氏や、山口周氏のような著名なnote活用ライターなら、違ってくるでしょう。ネームバリューを通じてその著者へのインタレストが、単記事によらずマガジンへの回路を辿る流れがあると思うのです。また、さらにその著者が研究している分野とか、もっている思想や理論的深度を知っているので、記事個別タイトルに接する前に、マガジンを開くことがあるのではないでしょうか。書店で本を探すようにです。

つまり、書店での本の見え方、接し方を浮かべて頂けば、少し実感が持てないでしょうか。私がマガジンに求めているものは、書店や、図書館での本との遭遇プロセス、これをデジタルコンテンツ上で夢想しているのです。
(ここおわかりの方、お教えください。私の間違い指摘、コメント歓迎です。)

しかし、プラットホームとしての設計に関わることです。これは、私個人にはどうしようもない、という意味では、現状の単記事入口優先システムのままマガジンをどう活かすか、という課題が立ち上がってきます。

マガジン一覧一発視認なし機能が、私のマガジン対策検討を惹起します。マガジンの属性として、こんなインビジブルがあるとは、正に自分の背中が見えないたぐいではないかと思っています。

このことを、マガジン化作業の前に気づいていればよかったのですが、完成後に生じたマガジンの新たな陥穽です。いわば、山頂に到達して視野に入ってくるものであり、手足を動かし時間をかけて今に至って想起できるものであり、何も実施する前からそんな先を見抜くことは、私にはできないことです。マガジンの属性として、そこは気づけなかったことです。

舌鼓/どこまで味わい尽くせるか<文芸評論>14本

単記事の魅力に勝る王道なし

日常的にスマホやPCに触れていて、一般ウェブ上で特定コンテンツに入るかどうかは、基本そのコンテンツの魅力と興味しだいです。とは、下らないくらい当たり前のことでしょう。では、note内での場合はどうでしょう。noteピープルたちはどんなアクセスをとっているのでしょう。

一般的に、noteのアカウントを持っている場合、
自分のアカウントからタイムラインに上がってくる最新記事を見たり、自分がフォローしている方の記事を見るという流れかと思います。あるいはnoteサイドで様々な切り口で束ねて紹介してくるジャンル区分を入口にして記事に喰らいついていくという流れがあると思います。また、自分のマガジンに他の方の興味ある記事を収納しておいて
見るという流れもあるでしょう。個々にある流れというのは、単記事についてはタイトルが生命線になってきます。タイトルが制作者と閲覧者を接着するキーになってくると言えると思います。
(しかし、タイムラインに一発でマガジンが見えることはない、と思っています。)

これをnote世界から出て、一般ウェブサイトの広がりの中で考えても、やはり単記事の内容を表わすタイトルが決め手になっていると言えるでしょう。最近は、何らかのワードをウェブ検索していると、「note」と付いて記事が検索ヒットすることが、かなり多くなりました。note民が記事を書きまくっている証左にほかなりません。
(ただし、この時単マガジンがアップされることはありますが。)

私の場合を紹介しますと、あるドラマについて書いた「韓流『商道』は面白いか」がありますが、私の作中一番のビュー数となっています。数はしょぼくて引き合いに出せませんが(※①)、ダントツなのです(2位の2倍以上)。これは、どうやらウェブサイト上の韓流「商道」あたりで、検索されているらしいのです。note民だけのnote界から、外へ飛び出しているようです。このことは、デジタルコンテンツで読まれようとした場合に示唆してくるものがあり、この辺はnoterならSEO対策やら何やらかやら多様に解説できるものなのでしょう。

ここでnoter(ノーター)の特徴に一つ触れられると思うのですが、デジタルの技術を通暁し、そこを攻めていくのが私の捉えるnoter像です。note記事を丸ごとインクルードするかのように、まとめサイトを展開する方がおられますが、例えばそういう傾向です。デジタルコンテンツ上の技術志向といったイメージです。それに対して私は、ノーティストに固執していますが、デジタルには不案内で発表舞台はnoteとするも、旧来の紙媒体世界での表現志向といった感じでしょうか。絵の追求から絵画芸術へのシフトアップなどと同様に、文章表現の追求から、文学的成果をめざすといった志向です。この場合もアナログでも技術的な探求が表裏に張り付いているのは自明のことですが…

マガジン化難渋の功罪

逸れましたが、マガジンの読まれ方というか、閲覧者にとっての吸引力の点では、ジャンル括りにするのが活用しやすいことでしょう。ジャンルとは、記事内容の事柄や書き方形態による括りのことです。旅行、グルメ、恋愛、映画、小説、子育て、仕事等で、細分化すれば、国内旅行、六本木レストラン、出逢い、フランス映画、歴史小説、
離乳食、上司とのつきあい方等のことです。一般的な表現形態では、紀行文、食探訪、小説三昧(批評や解説)、小説(そのもの)、エッセイ、評論、論文、映画評論、音楽評論、等々です。

noteでは単品記事についての分類としては、「カテゴリー」として多彩に括っています。一方、note内の「みつける」から「マガジン」を検索してみると、ライター各自が私が「ジャンル」と表現した括りを用いているように見えます。私のマガジン名はそのようにはなっていません。閲覧者から見てわざわざ取っ掛かりにくくなったか、と思いはします。読まれにくくしてしまったか!という反省が生じます。

そもそも私は、本一冊を出版できないことを代替して、noteマガジンで行なおうと始めたわけでした。そこで用いたマガジン名は「SungerBook」ときています。私の著作をレーベル化、ブランド化しようとしたようなものですから、これミステークだったのかもしれません。
これを手法とすれば、このやり方が通じるのは
野口悠紀雄氏や山口周氏などの名が通った方なら良いでしょう。必ずしもインテリや専門家でなくても、太田光や西田(ラランド)でも良いと思われます。その著者に対する何らかのイメージが流通している、つまり有名であれば、機能するでしょう。本屋で、著者から本を探す流れのことです。

マガジン化作業の停滞は、付いてしまっているハイパーリンク下線(原因不明)はずしや、画像とテクストのレイアウトやり直し等、物理的な作業が煩瑣なことがありますが、最も重いのは過去記事の自己評価や検証作業です。バッサリ捨てきれないものがあり、といってこのままnoteに再投稿するのが躊躇される場合の記事の扱いです。

燕返し/斬らずにいられない<クリティーク>5本

過去記事からマガジンへ収容しようとした場合、はずした方がいいのではと感じられるのは、時事性の強いトピックです。自分なりにまとまっていると思っても、タイムラグが古めかしさを醸し出すのです。それが、例えば当時一般的には評価されていなくても、自分が早く見いだしたというような着眼を表出している場合、これはマガジンに
入れたくなるのですが、時間の腐食が萎えさせます。と、迷うのです。残したい、はずしたい、残すならまた、再レイアウト等の手間が見え、もうすぐ山頂なのに、一歩も動けなくなるのです。このあたりがビバークのようなものであり、マガジン完成への流れが停滞してしまう、ということです。記事に手を加えたり、書き直しにより、タイムラグ問題を解消はできますが、ここまできてまたその手間か!という思いです。

また、読み返していて、稚拙さが見えてくることがあります。制作動機が批評に端緒がある場合、「批評」にまで持ち上がっていず、単に「ケチ」に終わっているのではないか、とゾッとします。

「キッチュ」ならぬ「ケッチ」な文章など誰も読みたくなく、それならX(エックス)やYoutubeに付くコメントでの批判や指摘の方が、まだ健康的かも知れません。また、こういう判断は私の、自分のレーベルイメージを、なんとなく意識しているからくるものなのでしょう。

書く時はおもしろがっていても、人に読まれた場合を思うと、書き手の品性が疑われるようなことが気になります。見栄を張るということではなく、書けばなんでもいいわけではないでしょう。
つまり、私にとってのマガジン化作業とは、過去記事の精査機会をもたらしてしまっています。

また、ブログを始めた頃、書き手イメージを造形するアイデアを思いつき、コラム星から地球にやって来たという「コラム星人」という設定で書いたりもしています。noteの中にも部分的それが露出してくるくだりがあったりもします。しかし、この設定は、その設定自体の説明は自己満足ですし、実際の自分を晒すことから逃げている嫌いがあります。架空の設定で最後まで通しきるやり方もあるとは思いますが…

私がマガジン化からはずそうとしたのは
①時事性が強くて表現が浅い
②批評になっていないず、ケチつけ止まり
③架空の書き手設定の逃げ腰

これら三点が、主なものとなっています。このような自問自答に陥ると、マガジン化作業が淀むのは当たり前です。マガジン化にあたり、こういう作業を意図していたわけではありませんが、一旦読み返してみれば、投稿時からの時間の経過が、
自己批評を発生させるようです。記事対象とする
題材を含む社会が記事と同期している分には気にならないのですが、その程度で投稿しているものが、浮いて見えてきます。再読しなくても、タイトルを見ただけでの印象でも、読み込んでもそう外れていないことに、気がつきました。

こうしたマガジン化からはずす記事の増加は、せっかく積み上げてきた堆積を減らすことになり、
このことも気落ちさせます。あまり多くはないのですが、昨年最大100本超えていましたが、これを自ら減らさなければならない、という面も出てきます。

というわけで、「マガジン化」という作業機会は、
過去記事の批評と精査という投稿のブラッシュアップ過程と、並行している制作の時間を蝕むという、必要悪をもたらしました。おそらく、マガジンを作っておいて、記事投稿ごとにマガジンに収容していくやり方ならば、こうはならなかったでしょう。

水急にして月を流さず

前回の「noteマガジン未だ完成を見ず」で芭蕉の
不易流行に触れました。私はそもそもの意味を変えてしまい、変わらないものを射る考えをもって
「不易」を達成したいという考えを述べました。
芭蕉の不易流行は「不易」に積極的な意味をこめていないように思えています。どちらかというと
「流行」に風流を見出だしているようです。

今回「水急不流月」(水急にして月を流さず)ということを知りました。激流でも水面に映る月は流れることはない、ということですが、私が社会現象等について何か語るとすれば、こうでなくては
と思うものです。変化面をフィーチャーしても、
その奥にある変わらないものを見抜くことが、そういう視座を備えることが、文章に生命を与える
要素になるのでは、と考えます。そこまで到達していれば、時事的トピックとして劣化が早くなることが避けられるのでは、という気がします。

福留光帆流に言えば、女性タレントが下ネタを口にするのは、ケーキを常温で保存するようなものだそうです。タレント生命を縮めることに繋がる、といった意味のエスプリを披露していますが、「書く者」の視線の深度がテクストの豊かさをもたらし、記事を長持ちさせるセオリーと言えるような気がします。

カラーグラス/こんな見方もあるさ<社会文化評論>20本

芭蕉の俳諧では変化の一瞬(流行)を捉えきることで風雅を達成し、その積み重ねこそ不易という思想になるわけでしょう。しかし、エッセイにしろコラムにしろ小説にしろ、時代変化と伴走していれば、時代とともに流れ去ってしまいます。水面に映る月のようには見えやすくはありませんが、
激流の「月」を見抜くのが「物書き」と言えましょう。

このように考える時、「マガジン」ではなく「ブック」を志向します。書店に並ぶ週刊誌ではなく、
文庫でも新書判でも全集でもいいのですが、本となるものをめざしたいのです。それを、noteのマガジン化で試みているということになります。

「SungerBook」収容はせいぜい70点

私のマガジンレーベル「SungerBook」7種に取り込めた記事数は約70点止まりです。たかが知れた数ですが、されど一旦完成と開き直っています。デジタルコンテンツでの「Book」を作成したかったのは、私が一昨年から始めた「LINE友の会便り」との兼ね合いもあります。

これは、自分がnote投稿したものをできるだけ多く読んでもらいたい趣旨で、兄弟家族親族友人知人に拡げるためにLINEでつながっている方に、
「LINE友の会便り」として投稿のたびに転送しているものです。記事内容に即した反応や感想は一部を除いてほとんどありません。しかし、構いません。自分の書いたものを読んでもらえる可能性に期する、半ば強引な企画として「LINE友の会便り」を始めたのです。

投稿記事を人に送ることは、「押売り」の感が拭えなくて、いつも気が滅入ることで、なにがしかの葛藤を伴うものです。これを少しでも緩和しようとして、百貨店の友の会に便乗するかのような体で「LINE友の会便り」として不定期配信するようにしたものです。といって、投稿のたびにすべて配信しているわけでもありません。実際のところ、受信者すべてに読んでもらえているとは思ってもいません。

一番引っかかるのは、承認欲求忌避を感じるからです。私が「気が向いたらどうぞ」などと書いても、10000字強を送りつけられた側を思う時、「なんだかなぁ~」と怖気づいてしまうわけです。こういう中でマガジン完成のアナウンス効果に託したのは、URL等を送り、私の全集のようなものができたので、いちいちLINEを送らないから、時々マガジン見てもらえばという形にできる、という思いがあったのです。このことは、紙の本一冊を作り各自に送るという、当初の構想というか、夢があったことからきています。私にとって、マガジンとはそういう機能の存在なのです。

昨年末、大袈裟に言えば氷壁をアイスピックとアイゼンで登りきってマガジン峰を制覇した後、LINE友の会にも配信しました。マガジンに辿り着いてもらうために、そのアクセスルートの説明も
思ったより手がかかったものです。しかし、新たな発見がここでもありました。それは、マガジンを知人友人に転送してもらってかまわない、と付け加えたのです。実際、どれだけ広がるかはあまり期待できないものの、単品ではなく、本一冊のようなマガジンを見て見て!とは、微妙に送りやすいものがあるような気がします。それは、本一冊できたから見てというニュースと、読みたいものがあったら読んでみて、となり、ここ明らかに違います。

このあたりが、LINE友の会からの広がりを期待させるのです。これは、考えてもみませんでした。
やはり、実際に行なってみて、そこから何かが
生まれることがあるものだ、と実感します。思考からは見えてこなくても、行動の結果開ける領域があるということ。どれだけ拡散が進むかわかりませんが、これも思いがけない展開です。アナログの本なら回し読みしてもらう、という感じでしょうか。

賦活の精髄

マガジン化作業の煩わしさや、記事内容を精査する「魑魅魍魎」との闘いで、意欲減退の沼に陥っていた、と振り返るのは誇張と思われてもかまいませんが、アピールとしては「単記事がすべて」
と思い至れば、こんな泥沼に入ることはなかった、という判断が賢明かもしれません。あるいは、マガジンの記事を束ねる「括り」機能以上に意味を求めなければ、泥沼を回避できたでしょう。しかし、マガジンが本のような形式と思ってしまった点火が私を駆動させてしまったわけでした。

三島由起夫が、過去の自作を玩味するだったか、あれこれ披露する時だったか、正確に思い出せないのですが、それは「自分の排泄物を弄り回す狂人に似ている」と何かで書いていて、私が自分の過去記事に触れていると、そのフレーズが甦ってきて、そのことも意気消沈を誘います。要は、泥沼状態の気分ということです。

男とスコーン/生活に抒情を求めるとき<エッセイ>8本

しかし、そこを這いずり回って見た結果、自分を相対化する視点を持てたというか、これが、前進かどうかはともかく、自己記事廃棄の決断に至る分析、批評、批判は、自分を一歩押し上げてくれてもいるような気がしています。自らの行為を正当化するようですが、「離見の見」につながるものがあるかもしれません。

もうひとつ、水が流れなくなってしまった川床にあって、また、失意の泥沼にあって、マガジン化作業の難渋でその無為な時間費消の中、私の中で沸々とくすぶっていたのは、次なる新記事に着手したいとの意欲でした。ここは前回の「noteマガジンいまだ完成を見ず」でも触れましたが、起死回生のために、新たな制作の中にこの苦境を脱する企画アイデアが盛り込めないか、というものでした。この着想がマガジン化作業を放擲しても、「noteマガジン未だ完成を見ず」を書かせたのでした。しかし、それは見つけることができてはいません。ところが、マガジン作業を対象化し、そのことを見つめ、作業の振り返りを通じて、干上がった川床に水が流れはじめ、泥沼は乾き出したとは、繰り返しになります。

このことが、私を賦活させたのです。そうして、
このできごとをどのように表現しようかと、あれこれ試みたのですが、これを論理や理論で理屈的に説明するのは、いまいちだと思うのです。が、そうだ!と思い当たるものがありました。それは、昨年の1月に、世の有名なメルヘンをダシにして、そのお話のその後として「ポストメルヘン」を作ってみたのです。その中の一編を味わって頂くことで伝わるやり方が、もっとも肉薄できるような気がします。そこで以下自家引用

アリとキリギリス

アリたちはほんとに働き者でした。小さい体をせかせかと動かし、いつも食料をたくわえています。今食べる分は十分なのに、冬を見越してその備蓄に励んでいます。朝から晩までひっきりなしの行動です。アリが遊んでいる姿を見たことがありません。

アリが働いている脇で、キリギリスはバイオリンを弾いています。ほんとにバイオリンが好きなようです。一日中、よくあきないものだというぐらいです。食料の豊富な今のうちに、冬の分を考えなくていいのでしょうか。

一匹のアリが言いました。
「キリギリスさん、ぼくらの食料運びがらくになるよう、少しリズミカルな曲にしてくれませんか。そうすれば、リズムにあわせて作業がはかどるかもしれません」
すると、
「アリさん、そういう曲もおもしろいが、ボクは今、新しい曲ができかかっている。それが終わったらだね」
そう答えると、キリギリスは、また夢中になって、バイオリン弾きにせいを出すのでした。

キリギリスは、ホントにバイオリンを弾くことが好きなようで、夏が終わり、秋になっても、自分の食べ物のことは気にしていないように見えました。まるで、バイオリンの音色を食べて生きているかのようです。

とうとう冬が来て、野にも山にも雪が積もり
食べ物は採れなくなってしまいました。アリたちは、倉庫に備蓄した食料を使い、この厳しい季節を乗りきるつもりです。

一方キリギリスは、なんにも食べ物がなくなって、げっそり痩せてしまい、今にも倒れそうです。雪はどんどん降り積もってきています。

キリギリスは、最後の力をふりしぼってアリの家に行くと、こう言いました。
「アリさん、ボクが死ぬ前に、でき上がった曲を聞いておくれ。近所の皆さんにも、聞いていただきたい」
アリたちは、やつれたキリギリスの姿に驚いていましたが、アリの家で冬のコンサートが開かれ、まもなく演奏が始まりました。

はじめは静かに低い音から始まりましたが、
そのうちキリギリスのどこにそんな力があるかと思うくらい、エネルギッシュな演奏に変わります。美しい高音の響きは、聞いているアリたちをウットリさせます。その音色の美しさにアリたちの目から、こぼれるものがありました。これまでの生きるための、つらい労働もこのようなすばらしい音楽を聞くためにこそ、と思えるぐらいです。アリたちは、
大きな感動に包まれていました。

パチパチパチ!大きな拍手が鳴り渡ります。
キリギリスは、静かにうなずきお礼を返しているように見えました。

曲が終わると、アリたちは、キリギリスへの
お礼とばかり、食べ物を持ちよりました。
キリギリスは
「アリさん、たいせつな食料をありがとう」

すると、アリたちは
「キリギリスさん、こんなすばらしい曲を作っていたんだね。冬はまだ続くけど、時々ぼくらに音色を聞かせておくれ。冬は働けないけど、こんなに素敵な暮らしになるなんて、なんてしあわせなことだろう。食べ物のことは、ぼくらに任せて、キリギリスさんは音楽家としてかんばっておくれ」
その後、キリギリスに盛大な拍手が送られました。

こうして、アリとキリギリスの暮らしは、とても豊かなものになりました。

マガジン「SungerBook-ファンタジーの小径3/
ポストメルヘン」より


ファンタジーの小径/いざなわれて行く宇宙がある<創作ストーリー>4本


ここで申し上げたいことは、衣食住より大事なものがあるとか、周囲に惑わされるなとか、そういうことではありません。「好きがすべて」に尽きます。すべてを忘れるほど取り憑かれていること、
その突き抜けです。私は、ある意味での「異常者」であることをためらっていません。そういう意味で平凡を軽蔑しています。谷崎潤一郎、川端康成、三島由起夫、寺山修司はある面で常軌を逸しています。一遍、芭蕉、柳宗悦、白川静、小松茂美等、彼らはみんな「突き抜けて」います。それが、私の尊敬する人々※②です。キリギリスに託したものは、その偏執と粘着です。誰に何と言われようと、そんなものは気にしません。

「賦活の精髄」が自らの中にあったとは、分析的、批評的、俯瞰的に、執拗に追究しなければ、出てこないような気がします。この意味では、自分の背中が見えないで済まさず、インビジブルを放置せず、「離見の見」に到達すべく迷うことや、時間がかかることは、流儀を超えた私の道とでもいうしかありません。そのあたりに「創造の小径」があるのかもしれません。

もう一つキリギリスのエピソードを用いたのは、
メルヘンの中でアリたちは、キリギリスを怠け者と見たり、食を忘れた変わり者と見立てていることです。同時に「音楽キチガイ」と認めてしまっていることです。良く言えば、バイオリン好き
を了解していることです。私は、人様に自分の記事を紹介する時に、「承認欲求忌避」といった抑圧を感じるわけですが、そういう肩肘張った対向意識で頑張らなくても、「あの人は文章好き」と了解してもらうことを、期待しています。「あの人絵が好きなんだ」「あいつは年中ギターばっか弾いてるさ」というように、あっさり認識され、レッテル貼りされることを願うのです。そういう風な軽い受け止めで十分なわけです。このような意味で、キリギリス君に私はなりたい。

賦活なしに復活なし

昨年、文芸評論家の福田和也氏が鬼籍に入られました。江藤淳に見出された気鋭の文筆家といって いいでしょう。「地ひらく」で石原莞爾を扱うセンスは正に福田氏ならではの、資質と力量を感じさせます。2000年に「作家の値打ち」で、世の作家どもを抑圧した泰斗であり大器です。文学界が面白くなってきたと思っていましたが、昨今の出版物激減を感じ、心配していたところでした。残念無念…

年が開けて書店で文庫本「洲之内徹ベスト・エッセイ1」が目に飛び込んできました。洲之内徹と言えば、福田和也氏を通じて知った名前です。何しろ小林秀雄や白洲正子が認めた存在です。洲之内に向ける福田氏の尊敬を以前から感じていました。年末にユリイカの特集号「福田和也」を買った直後の洲之内本との出会いに、不思議なものを感じます。カバーのユニークな油絵と、カバーのコピー2行を読んだきりで買うことを決めていました。

・・・・・定見を軽々と超えていく卓抜な文章で、美のなんたるかに肉薄する随想の極北

「洲之内徹ベスト・エッセイ1」ちくま文庫

昨年秋以来油絵に取り憑かれていたので、一瞬で買うことを決めたというしだいでした。こんなことは、なかなかないことです。エッセイ中、鳥海青児の「うづら」という絵の話が出てきますが、洲之内が写真家の土門拳から、この油彩を譲り受けるエピソードが不思議におもしろい。特に洲之内が、以下「鳥海青児『うづら』」より引用

「・・・私は預かりっぱなしの絵を物入れの奥へしまいこみ、夜、店をしめて、若い店員たちが帰ったあと、ひとりになって応接室に籠もり、絵をとり出して、時の過ぎるのを忘れて眺め入った。
 これは「うづら」に限ったことではなく、その頃、そしてその後も、私は、自分の好きな絵が店にあるときには、そんなふうにして、いわば密室の中で、その絵と向いあって長い時間を過すのだったが、なんともいえず実にいい気持で、楽しみであった。そして勉強になった。」

「洲之内徹ベスト・エッセイ1」ちくま文庫

洲之内さんは、評論家の言辞に目もくれなかったようですが、油絵に対する彼の言葉の表現云々のことではなく、態度というか、没入する姿、没入できる対象を持っていることに、何とも言えないものを感じるのです。私の思いでは、これはキリギリスがバイオリンに夢中になる姿と重なって映ります。

私は、私の「ある没入」を通じて賦活を獲得したと、振り返っています。この没入も時間はかかりましたが、好き好んで埋没、沈潜したようなものです。この賦活を通じて復活できたかどうかはわかりません。70編程度の記事でSungerBookとは
お寒いものがありますが、これからは、書き上がるごとにそのマガジンに収容していくことと、合わせてSungerBook2という構想もチラチラしてきます。

萌え町紀行/暮らした町を愛してる<エッセイ>11本

最後に至り、ふと浮かんでくる想念があります。
「蛇尾」とはこのことかもしれませんが…

伝統とはいわば持続する「復活」の謂いである。

関連するさまざまな論点やテーマをすべて本稿に盛り込めるわけではなく、「復活の流儀」としては、このへんで、お開きということで…★


註釈
※①
「韓流『商道』は面白いか」ビュー数(828)
2025年1月13日現在

※②
「尊敬の思想」/SungerBook-キャッツアイ5

積み残しイシュー
1.全集か単本か
2.マガジンか単記事か
3.検索優位マガジンの是非(無名のハンディ)
4.記事か文章か

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