見出し画像

友達は少ない、親友などいない

若い作家の人から、タグチさん友達とかいますか? などというちょっとドキッとするような問いかけをされた。
えっ何、そんなに孤独に見える?
それとも性格悪くて友達いなさそう?

どう返事したものか、1秒ほど頭の中で逡巡したが、この人は以前なんの屈託もなく、わたしの預金額などを聞いてきた大物なので、正直に答えることにした。

うん、昔からの友達は多分いまでも友達だけど、ご新規さんはいないねぇ。

そう、学生じゃなくなると友達というのはなかなかできない。
それでも若いうちは、週2で飲みに行くような同僚もいたのだが、結婚して、まっすぐ帰るようになったら、仕事以外の場を共にする相手は本当にめっきり減ってしまった。
退職して組織を抜けたら尚更だ。

いやいや、そもそも一緒に飲みに行ったら友達なのか?
昼飯くらいなら、いま目の前にいるあなたとだって何回か行ったことがあるけれど、あなたはわたしの友達なのだろうか?

まぁ、若い時なら多少青臭い話だの、打ち明け話的なこともできた相手で、不意に会っても、特に躊躇することなく飲み食いに誘うことができるような間柄が、自分にとっての友達なのだろうが、そうすると本当に40過ぎたあたりから、新しい「友達」はほぼゼロになる。

しかし考えてみれば、昔からの友達にだって年に何人も会わないし、会いに行こうとも思わない。
いまやSNSだってあるのだし、それでたまにコメントでもしあって旧交を温めていれば、充分ではないかとも感じている。

なんだろう、今はまだ「友達」フォルダに入れない人とでも、人間関係も作れるし、馬鹿話もするし、時々青臭い話もできる環境にあるということなのだろう。
ただそれが1人の人間に「友達」という形で収束しないだけである。

                        

別に何も困っていないから、それでいいのだが、あえて真正面から友達いますか?と聞かれて、「いませんよ」と即答する胆力は、未だわたしには備わっていないようだ。

ちなみに件の質問をした作家さんは、誰かに「大人になると友達が減る」という話をされて、手近にいる年長者のわたしに確かめたかっただけなのだという。

なんじゃそれは。
しかし60過ぎて「友達」という言葉は、ちょっと恥ずかしくも眩しいな。


いいなと思ったら応援しよう!