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孤独死=不幸、と勝手に決めつけないで 。映画『アイ・アムまきもと』鑑賞

今年の夏にある女優さんがお亡くなりになり親族の方が遺体の引き取りを拒否したためなかなか納骨が出来なかった(最終的にマネージャーの方がご両親が眠るお墓に無事に納骨を済ませたそうです)、と週刊誌やワイドショーで頻繁に取り上げられました。

亡くなった方がどんなに「あいつは非情で非常識で最低な人間だった」と言われていたとしても、生まれてから死ぬまでに一度、たとえほんの一瞬でも誰かにとっては存在を認められ確固たる存在意義があったはずであると私は思います。ただ負の遺産を引き継ぐのは遠慮したいところですが、、、。

そんなことを再確認してくれたのが阿部サダヲ主演のこの映画。


身寄りのないご遺体の葬式を自費で行い、遺骨の管理(デスクの下やキャビネットにいっぱい積み重ねる笑)をし、遺留品の収集を趣味?とする市役所の“おみおくり係”として働く牧本壮(まきもと ・そう)が主人公。空気読めなくて変人なのにどこか憎めない、市役所の稀有な存在のまきもと。現実にいたらそりゃ訴えられてもおかしくはない行動をしています。もしかして自閉症さんなのかな?とにかくひたむきで一生懸命でピュア。そんなまきもとが周りの人々の心をじわじわと動かしていきます。

そんなまきもと演じる阿部サダヲ。最初はなんか変な人?もしかしてヤバい人?と思って観ていたのですがいつの間にか「まきもと頑張れ!」「まきもとかわいそう~」「まきもとどうなっちゃうの!?」とすっかりただの“まきもとファン”を越えて“まきもと応援団長”のような気分に。サダヲさんの猫娘のような風貌が正直少し苦手だったのですが、もう愛しくてたまらなくなりまして。あら不思議。

國村隼、松尾スズキ、でんでんといったベテラン陣がいい味を出しています。安定感半端ないです。宮沢りえや満島ひかりの“華やかさと親しみやすさ”がとにかくいかつめの殿方がたくさん登場する映画であるため、お二人がそれぞれスクリーンに出てくるたびにホッ、と心が安らいでいました笑

そして旬の松下洸平。「いいよね~スゴいイケメンというわけじゃないけどいいよね~洸平~(何気に失礼)」と最近の私のお気に入りなのですが、彼が演じる刑事さんがこれまた我が道を往くまきもとにいつもイライラ、これでもかとキンキン責め立てる。そんなにがなりたてなくても~まきもとがかわいそうじゃんか~と同情してしまうほど。しかし映画の後半は人が変わったようにまきもとの味方になってくれる。

よかったねぇ、まきもとぉ~泣

まきもとが熱心に推奨?したおかげで「あいつは最悪」と誰もが評する男・蕪木(宇崎竜童)の葬儀に集まる面々。なんと彼はまきもとのアパートのお向かいさん。「あんなひどいやつだったけどこういう(いい)ところがあるやつだったよなあ」と昔を追想し蕪木をしんみり想う人たち。この蕪木のお墓なのですが、なんとまきもとが生前に用意していた自分用のお墓をあてがってしまいます。お気に入りの場所だったのになんでー?

それは、、、ひかりちゃん演じる蕪木の娘・塔子さんといい感じになるのかな?と思いきや、、、。

やりがいを感じていた“おみおくり係”が廃止になる計画以外にも思いがけないアクシデントが起こりまきもとにずっと感情移入していた私は不覚にも大いに泣いてしまいました、、、。すごく悲しいけれどまきもとにとって今まですごく幸せな人生だったんじゃないでしょうか。

最後のシーンはちょっとファンタジーに傾きすぎちゃってて「あれれ?」と涙が引っ込んじゃいましたが笑

元々外国の映画のリメイク版だそうでご存知の方にはあまり新鮮味はないかもしれません。「孤独死」が日本の高齢化社会を浮き彫りにしているとささやかれている今、観終わっていろんなことを考えちゃいました。

外国では部屋での孤独死は当たり前、日本ではすぐ事故物件になるそうです。亡くなった方の複雑なご事情によっては引き取り手がない場合もあるでしょう。こればかりはどうしようもありません。

葬儀も今は時代とともに質素になり、感染病の流行もあって親族のみ参列の家族葬が一般的になってきていますが、昔、葬儀といえば大きな黒縁の遺影と大きな供花が供えられ、読経される僧侶の方はもちろん現役を退いても本人に直接関わりがなかったお偉い方含む会社関係者、遠い親戚からあまり親しくもないご近所さん等々が勢揃い、高額はたいて盛大にやるイメージがありますが、地方ではいまだ催されているのでしょうか?

それってなんか亡くなった人に本当の意味で敬意を表して弔う、というよりかは、、、ってまた批判や愚痴っぽくなっちゃいますんでこの辺でやめておきます。


いろいろ考えさせられる映画でした。




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