ランダム単語ストーリー オブラート×食レポ
"紙一枚"と聞くと、皆どう思うだろう。私は一枚のコピー用紙が浮かぶ。
あくまで私はそう思うのだが、人によって想像するものは異なる。
あるものは遊園地のチケットであるとか、あるものは作文用紙であるなど、その対象は多種多様である。同じ言葉でも、中身が大きく異なる非常に興味深い言葉だ。
今、私の目の前にも"紙一枚"がある。この次の工程はこれを口にする。
見たのはいつ振りだろうか。
子供の時に母が包んで飲ましてくれていた。
粉末の薬が飲めなかった私のために、薬の分だけ用意してくれていた。
もう三十数年も見ていなかった。
あの頃が懐かしい。
そう昔に意識を飛ばしていると、スタッフの方が私に駆け寄る。
「田原さん、ご準備よろしいですか。」
「うん、大丈夫。」
「今回なんですけど、大人向けの商品になっておりますので、こちらの粉末の偽薬を田原さんが包んで飲んでください。」
「わかった。ありがとう。」
照明の調整が始まり、カメラマンが定位置に立つ。
あと数分で始まるだろう。
監督が本番前に近づいてくる。
「田原さん、今日はよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「包んで飲んだ後ですが、驚いたような表情で、セリフはお任せ致しますんで、それでは。」と言い、小走りで戻る。
お任せか、今回は長くなりそうだな。
にしても、驚いた表情でセリフはお任せか、参ったな。
確か台本だと、飲んだ後も自然なセリフを出すって事が書いてあったから、全部お任せって事になる。
流石にそれはあり得ないだろうよ。
メーカーの方も観に来ているし、下手はできないのに、その振りは無いだろう。
まぁ、やるしかないか。
「それでは、本日はよろしくお願いします!
本番5秒前・・・4、」
始まってしまう。
でもなんだか妙な気分だ。
「3、2、1」
変な気分だが、仕方ない。
やるぞ。
「スタート!」
「なんだか、久しぶりに見ます。」
手前の一枚を摘んで取る。
「今の薬って錠剤が処方される事が多いですよね。」
隣にある薬を乗せて包む。
「風邪を引いた時に母がよく同じようにしてくれて。」
ペットボトルを逆の手で取って、包んだ薬を口に入れる。
「え、すごい。」
水を飲もうとした手を止める。
「なんだかジェルみたいになって、スッと喉に入りました。」
「味も残ってないんで、飲んだって感じがしないですよ。」
広角を上げて思った事を自然に出していた。
包みや薬も口に残る事がなく、驚きという単一の感情でしかなかった。
「これなら毎日続きそうですね。」
「カット!」
監督の合図の後、私以外に静寂していた場の緊張がほぐれて、足音が立ち始める。
監督が近寄ってくる。
「すいません。田原さん、なんで泣いているんですか?」
「え?」
無意識だった。
涙を流していることなど。
昔の記憶が蘇ったからだろうか。
何もかもが綺麗で好奇心の対象だった、無垢だった自分の思い出。
母との記憶を通じて、潜在的にページが開かれていたのだろう。
「申し訳ない、お恥ずかしいです。」
「いやいや、謝ることじゃないですよ。もしかすると、今回のカットは使えるかもしれませんし。一度メーカーの方と確認しましょうか。」
私は椅子から立ち上がり、モニターのある席へ移動する。
泣いていたところも撮られていただろう。
いつから泣いていたんだろう。
さておき、今回の撮影は長くなりそうだ。
終
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