ランダム単語ストーリー 世間話×座布団
郊外に位置するこの場所は、新宿から1時間で訪れることができるため、ベッドタウンとして栄えていながらも、少し車運転すれば、山々の自然豊かな風景が見れる。
取材班はある山の手前にある一軒の民家を訪れる。ベテランディレクターの高村が、「こんにちは~。以前ご連絡差し上げましたテレビの『旅のふもとに』にですけども、浮野さんでよろしいですか?」とご老人に話しかける。
「はい。そうです。遠路はるばるご苦労様です。」とこたえる。”山の人”、という愛称が似合う老人は、背筋がピンと伸びて、アースカラーの服装にねずみ色のしろひげという”いかにも”な風貌だ。表情はあまり変えないが、所作が丁寧な紳士というイメージだ。
ひとしきりそれぞれの挨拶を終え、浮野は、「それでは、どうぞなかへ。」と取材班を招き入れる。古い日本家屋で、居間には掘りごたつまである。年代物の掛け軸、鹿の首のオブジェクトまである、”人となり”がわかるデザインだ。
掘りごたつを囲み、年少ADの町田がそれぞれに資料を配る。と言っても、A4サイズ二枚の紙にこの取材の段取りが書かれた簡素な資料だ。
町田が掘りごたつに掛けなおしたことを確認し、高村が話し出す。「それではさっそくですが、本日は撮影にご協力頂き、改めてありがとうございます。」ここで皆一斉に会釈をする。「大体の流れにつきましては、いま町田が配った紙の通りなのですが、まずはここでのインタビューの後、浮野さんの一日を一泊二日で同行させていたければと考えております。」と段取りが始まる。
その後の流れを10分程度、高村より確認を行われた。浮野からは、「わかりました。内容も問題ないです。」と言う。対し高村は即座に「ありがとうございます。」と返すと、「しかし、こういった番組ではあまり事前の確認などはないだろうと思ってましたが、やはり段取りの確認はあるんですね。」と浮野からの一言。
また、高村が「過去はなかったのですが、無駄な録画時間ができることも多いし、カメラマンへの事前の安全確認も出来ますので。」と話す。その言葉にカメラマンの矢作は深く頷く。
「へぇ、"段取り一番"ってやつですか。大したもんだ、屋根屋のふんどし。」と浮野は穏やかに微笑み感心する。「ありがとうございます。それでは、世間話もしながら取材させて頂ければと。」と高村が言うと、町田と矢作は腰を上げ、準備のために外に出ようとする。
浮野も、「そうですか。それでは外に。」と言い、四人は土間に向かう。
人の居なくなった居間。座布団の下が騒がしくなる。『E-JMJ-29号 浮野の外出を確認。追跡班は急ぎ出動せよ。』
「らじゃ。ミハン大尉、ホヨキ少尉、出動します。」
座布団の土間側がゆっくりとスライドし、両手に乗るくらいの自動車が現れる。ミハンが、「発信!」と言うと、運転席のホヨキが自動車を進める。
「司令部に確認、29号は現在どちらに。」とミハンから通信すると、『来客三人組の車に乗り込んだ。急ぎ接近せよ。』と返ってきた。
「了解。フライトモードに変体します。」と今度はホヨキが通信を出す。
『了承。玄関バイパス F通路を抜けて変体するように、OVER。』
車は靴箱の下を掻い潜り、ネズミが通るくらいの穴に突き進む。中はアクアラインの様な道が出来ており、目の前の照明の列が過ぎ去る。
ぐるりぐるりループ状に周りながらと上に登っていき、通路が直線になると加速する。やがて車のボディが細くなる。はみ出た後部ドアが翼となり、ジャイロエンジンが橙色に明るくなる。
出口となるダミーの排気口手前で「離陸。」とホヨキが通信し、前輪から少しずつ浮き、勢いよく飛び出す。
物体は少しぐらりと揺らめき、右に旋回する。そのまま森の木々に向けて上昇し、取材班の車の方向へ向かう。ミハンはステルスモードのボタンを押し込み、飛行物体は目視が不可能になった。
「まだ運転荒いよ。離陸はあと2テンポ前からやらなきゃ安定しないからね。」とミハンがぼやくと、「すいません。」と凹みながらホヨキは返す。
「でも飛行モードって楽しいよね。」と続けると、二人は気色悪い顔で笑い合う。
「もう半年ですか。29号の稼働実験。そろそろベータ版から本番に移行しても良いと思うんですが。」とホヨキがミハンに尋ねる。
「俺も思う。世間話くらいはできるほど、知能AIも学習できてるし。でもお偉い方はもう少しこの惑星の情報が欲しいんだって。だからベータ版なんだと。」
「そうなんですね。でもそれって実質は本番ですよね?」
「まぁね。最近6号まで本稼働に移行してるし、そろそろ正式に次段階の指令が来るはずだよ。」
ホヨキが「へぇ。」と返し、会話は一度区切られた。暫くすると、ミハンは不気味なにやけ顔でクスクスと笑う。
「というかさ、29号が"段取り一番"ってほざいてたじゃん?普通に考えて、俺らがあいつのために段取りしてるっつーの。」とミハンが漏らす。
「AIもふざけたコト抜かしますね。その後の"屋根屋のふんどし"は語彙データの修正が必要ですね。」とホヨキもクスクス笑いながら話す。
「別にいいよ。面倒だ。それよりザブ・トンに戻ったらホヨキの部屋でゲームしよ。」
「え、いやです。大尉のせいで散らかるので。」と場は静寂になる。
取材班の車まで、まだ遠そうだ。
終