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【短いお話】The Gus

都内の職場、出勤時のお話。

先輩社員の平田が席につき、パソコンを開いてメールチェックをしている。

後輩の袋井が渋い顔で隣の席に着く。
「おはようございます・・・。」と言い、席に着く。
平田も顔を向いて、「おはよう。」と返し、すぐにパソコン作業に戻る。

袋井の動きは普段よりのっそりとしていて、いつもより遅くパソコンを開く。
ペンや小物を手に取っては落とし、その度に吐息混じりのような小さな声で、「すいません・・・。」とボソボソ発する。

顔はみるみるうちに険しくなって行く。
口を強く噛み締め、歯を見せながら背を丸め始め、お腹を抱えだした。 
たまに「うじゃぁん。」と、か細く数回口に出しては辛そうにする。

流石の平田も気になり出し、隣の袋井に対し、「どうしたんだ?お腹痛いのか?トイレに行ったらどうだ。」と投げかける。

袋井は変わらず「うじゃぁん。」とボソつく。
少々苛立った平田は「そんなにきついならトイレ行って来いよ。」よ言うと、袋井は声にならない声で「すいません・・・。」と言い残し、席を立つ。


しばらくすると、袋井が戻ってきて席に着く。

顔は険しいままだが、先程のただ辛そうな印象とは異なり、口を噛み締め、目をかっと開いて眉は引きつっている。

平田は「戻ってきたか。実は頼みたい事があって、え?」と途中袋井の顔を見て驚く。
「こんどはどうしたんだよ。今日、お前大丈夫か?」

身体を小刻みを振るわせながら、表情を変えない袋井。

3秒後に噛み染みていた口を開く。

「実は・・・さっき、なんですけど・・・」と話し出し、平田は都度相槌を打つ。

「電車で・・・ちょっと混んでて・・・」少しうつむきながら話を進める。

「隣に・・・良い匂いがするなって・・・ちょっとだけ見たら・・・凄く、綺麗なお姉さんがいて・・・」

「おぉ、たまに居るよな。」と、同意する平田。

「なんかそん時・・・おなら・・・したくなっちゃって・・・」

唖然として平田を見つめる。

「それで・・・ずっと我慢して・・・ここまで来ました。」

と話を切った。



少し間を空けた平田は「くだんねー。聞いて損した。うわ、くだんねぇな!」

と言うと、「平田さんだって、綺麗なお姉さんがいたら我慢するでしょ!」と強く言い返す。

「する時はするけどよぉ。人目のつかない所で済ますとかあるだろ。」と落ち着いて返すと、

「『とか』って、他にもあるんですか!?」とがっついて訊いてくる。

「おぉ・・・音を消すとか。」

「け、消せるんですか!?どうやって!?」変わらずがっつく。

「片手で片ケツを掴んでな、そのまま割れ目を開いて出すと消えるぞ・・・って何言わしてんだよ!」と返すと、またうつむき「すいません・・・。」と返す。


「でもよぉ、いくら綺麗なねーちゃんがいた所で、別にいつも同じ車両ってわけじゃねぇだろ。そこでおならしたって良かっただろ。一期一会だろ。」と直って言うと、

「ちょっと良いとこ見せたくて。」

「いや我慢したところでプラスにはならんからな?」

「でも辛い事を我慢できるのが長男だって・・・。」

「炭◯郎か。第一、お前一人っ子だから長男もクソも無いだろ。」

「次男だったら我慢できなかった・・・!」

「だから炭◯郎か。おなら程度で謎理論を出すなよ。ふざけんなよ?」とテンポ良く返していく。



「はぁ、もー全く・・・そんで?出たの?早く仕事の話がしたいんだが。」と平田が仕切り直そうとする。

「すいません・・・出ませんでした・・・。」とまぶたを強く瞑り、泣きそうな顔をする。

「なんだよ。あんだけ時間かかったのに。」

「・・・なんの成果も‼︎得られませんでした‼︎」

「団長か。出版元変えればいいってもんじゃないぞ。」

「現在、腸内の安全確認のため、ガスが遅延しております。」

「やかましいわ。いい加減にしろ。どうでもいいからさっさと行って来いよ。」と平田の一言に袋井が、

「嫌です!」と甲高い声で叫ぶ。
いきなりの大声に平田は少しひやりと冷めて、席を立ち、辺りを見回して、
「ちょっと、静かにしろよ。ここ職場だぞ?」と人差し指を立て、口に添えて忠告する。

袋井はそんなもの聞かぬと言った風で、「だって、このままトイレに行ったら、平田さん陰で僕のこと『屁こき袋』とか言うでしょ!?」と続けて叫ぶ。

「だから!静かに!・・・んな事言う訳ないだろ。」となんとか袋井を落ち着かせる素振りをしながら静かに話す。

「いいや!言うね!絶対言うね!おれ知ってるもん!」と対し叫び続ける。

流石に頭に血が上った平田も「ガキか、てめぇは。あぁもうわかった。ついてってやるからよぉ!さっさといくぞ!」と袋井の首根っこを鷲掴みにしてトイレに引っ張っていく。



10分後、2人は部屋に戻ってくる。
袋井は泣きながら、平田は鷲掴みにしていた手を優しく摩りながら並んで歩く。

その様は甲子園の準々決勝で敗退したキャプテンと監督の様だ。

「出ちゃったねー。」

「はい・・・。」

「見事に実ごと出ちゃったねー。」

「・・・はい。」

摩りながら優しく慰める平田に対し、袋井は泣き続ける。

「なんか・・・その、今日は帰りな。」と穏やかな声で袋井に話す。

「でも、仕事あるので・・・」

「いやいい!いいから、そんなにしたいならリモートでもいいから。帰りなさい。」と強く断言する。

しょぼくれながら帰り支度を始め、震えた声で、
「お先に、失礼します。」と言う。

「おお。おつかれ。」と平田は返し、袋井は大きく頭を下げて部屋を後にする。

朝9時から色々ありすぎて疲れた平田は、
「これが先輩の仕事か。」と独り言をつぶやき、作業に戻る。


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