饗庭孝男「ユダヤ的〈知〉と現代」より

 私が高校生の頃に使っていた倫理の教科書では、マルクスの思想がヘーゲル哲学の弁証法を当てはめて説明されていた。しかしマルクスには「ヘーゲル法哲学批判序説」「ヘーゲル国法論批判」という著書があり、その題名が意味する通りマルクスの来歴ではヘーゲル哲学を批判したと説明されることが多い。また、マルクスといえば言わずと知れた無神論者のはずだが「ユダヤ教やキリスト教の影響を受けている」と説明されることもある。これら2つの逆説に言及している資料はないか探したところ「ユダヤ的〈知〉と現代」という本に収録された石塚良次氏の「第四章 マルクスと貨幣」という文章があった。本旨からは逸れるかもしれないが、興味深い記述が散見されたので引用しておく。

ハインリッヒ・マルクスは次男で、長兄が現職のラビ、その前には父親がラビというように、代々ラビを出してきた名門の家系であった。(…)マルクスの先祖は、代々有名なラビを多数輩出してきたのである。

石塚良次「第四章 マルクスと貨幣」P162

彼自身は自らの出自をユダヤ人と意識し、ヘーゲル左派のなかで培われてきた反ユダヤ主義の意識を、資本制経済そのものへの根元的批判へと結びつけることによって、現実批判のラジカリズムの動力としていったのかもしれない。

石塚良次「第四章 マルクスと貨幣」P179

ユダヤ教、あるいはユダヤ人的なもの、というのはマルクスにとって、いったい何だったのか、と言えばおそらく資本主義経済体制に対する根底的な批判を動機づけるはたらきをした、ということは確かであろうと思う。(…)商品や貨幣や資本といった経済的な諸範疇の存立構造を解明する論理として、物象化論、物神性論といった論理を構築していったと言ってよいのだろう。

石塚良次「第四章 マルクスと貨幣」P193