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完璧からの脱却

完璧主義と聞くと、
・厳しい人なのかな
・融通が利かない人なのかな
・面倒くさそう
と、ネガティブなイメージを抱く。

しかし、
・完璧を目指して推敲しまくったからこその完成度!
・100個の没があったからこそ、このクオリティ!
・妥協してたら、この作品は生まれませんでした!
と聞くと、完璧主義も悪くないように思う。

むしろ、後者のイメージを我々が期待しているからこそ、完璧主義になってしまう人は多いのではないか?と漠然と考えた。

完璧な作品を世の中に出すことができたら、批判されないから。
こんな気持ちが、大多数は占めているのではないだろうか?

完璧主義は、一種の「職人気質」とも言える。
だけれど、一方で「自分を守る砦」にもなってしまう。

一切の妥協をしないことは、美しいことである。

しかし、それが私たちが何かを生み出すための自由な発想を妨げているのだとしたら?
本当は才能があるのに、鍛える前に諦めてしまったら?
この世の中に蔓延している「運」というものが、そういった環境や人々の気持ちの結果だとしたら、完璧主義は善人にも悪人にもなる。

完璧を求めるがあまり、「他の人のお手本」を追いかけてしまう人がいることも、あるのかもしれない。教材やスクールは、最短距離で成果が出るルートを敷いてくれたとしても、結局は「活用した人の心構え」に依存してしまうのは、義務教育の結果だけではないと思う。

既に学校教育から卒業して、会社の中で生み出す側になっている人たちさえも、無意識にお手本から外れた行動を敬遠してしまう。

成功本や自己啓発に書かれている、「常識から脱却せよ!」という謳い文句。それらの文句を読みまくったとしても、本人が決意しなければ変わらない。
完璧主義もまた、完璧主義でいることのメリットの方が大きいと感じるから、完璧主義をやめることができない。自分の頭の中で、完璧主義は良くないと思っていても、だ。

私たちは、完璧主義の良いエピソードを強く、記憶してしまうのだ。

完璧主義から、一歩だけでも、
脱却してみよう。


あとがき
本記事に結論もオチもありません。
完璧主義からの脱却ということで、このようにまとめてみました。
私個人もまた、完璧主義から脱却するために!

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えのもと
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