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【たわぶれに】 物語としての砕片:4

身も世もなく取りすがりたいときがある。慟哭の夜を何度かさねても、胸の影はいろ濃いままだ。
この飢えはおそらく、一生をかけても消えない。ひとの一生で最も潤沢に、そして最初に与えられるべきものは、ついに与えられなかった。

それは今もなお、最も欲しいものだ。でも、今生でいくら欲しがろうと、もう決して手に入らない。
ずっと、この飢えを癒せるものやひとを捜してきた。捜し続けるあまりに、いろいろなものを傷つけ、わたしの心身もそのたびに粉々に砕けてきた。
『傷つけ、傷ついてきた』と、自分の中で定義することはいかにもたやすい。まして、甘い憐憫に浸ることすら可能だ。

自分が可哀想な存在であると位置づけたくはなかった。不幸は観念であり、幸福は意思である。自らを不幸と定義してしまうところで、不幸は始まる。わたしは自分を、概念の檻に閉じ込めたくなかった。

けれどこの白くあかるい、遠くで鍵盤のアルペジオが流れる部屋でふりかえるとき、わたしはやっと素直になった。幸福を追い求めるあまり、不幸のくぼみに落ち込んだ自分を見捨てて、なかったふりをしていたのだと気づいた。
わたしの中にはどうにも可哀想なわたしがいて、今まで自身にさえ置き去られて、ひとりで泣き続けていた。みすぼらしく、稚いばかりの自分をすくい上げたとき、ちいさな声を聞いた。

『つらかったね、よく頑張った、それでもちゃんと今まで生きてきた。でも、これからはこの自分も忘れずに、わたしがほかの誰よりも愛して、大切にしてあげなくてはならない』

「あなたを貴く、愛すべきものとして観るとき、わたしは、わたしの中の子どもを見るんです。わたしにとっては、どこかであなたが、精神的な太母として存在している気がします」
「なかなか、面白いことを言いますね」
「すみません。口がすべりました。感傷的になると、よくないですね」
「いいえ、そうではなくて。
あなた、今、ここへ来て初めて笑いましたね」
虚を衝かれた。息が止まった。喉元から押し寄せる百度目の嗚咽を、ひたすらにこらえた。

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