マシュマロ課題 チャレンジ課題9
今回はお題なし。オリジナルです。
『猫からのお願い』
亡くなった大切な誰かが夢枕に立つというのは、本当にあることだろうか。
このところ、夜毎見る夢がある。多分、いわゆる夢枕というやつだと思う。
なぜ確信が持てないかというと、その夢枕の主と思われる相手が、はっきり姿を見せてくれないからだ。
半開きの押入れの暗がりからの視線、テーブルの上から飛び降りる音、足元をふわりと撫でる感触……こうして書き出すと怪奇現象か何かのようだけれど、夢の中で感じている、猫の気配である。
去年、急な病でぽっくり逝ってしまった愛猫。猫にしては長生きした方だと思うが、だからといって寂しくない訳はない。しばらくは食事も喉を通らなかったし、思い出す度に涙が浮かんだ。
それでも、残された人間としては日常を生きなければならない。僕は日々とにかく忙しくすることで、この悲しみを乗り越えようとしていた。
今まで可能な限り回避していた残業も、頻繁にするようになった。出張も増えた。おかげで給料はそこそこ上がったが、それを何に費やしていいか分からないので貯金が増えた。
その分、生活は次第に不規則になり、食事は抜きがちになった。いつも何となく喉や鼻がぐずぐずしていて、肌が荒れるようになった。
それで、寝付きは悪く、寝覚も悪い状態になってしまっていたのだが……。
(もしかして、不健康な生活を心配して出てきてくれたんだろうか。)
死んだ後まで愛猫に心配かけるなんて、飼い主失格だ。
僕は反省した。
朝起きたらカーテンを開けて日の光を入れるようにした。
(そういや、毎朝ベランダに出てたよな。あいつがいた時は)
残業を控えて早く家に帰り、できるだけ手料理を作った。
(あいつがささみ好きだったから、結構頻繁に鶏肉料理作ってたんだよな)
布団に湯たんぽを入れ、寝るときにはエアコンを消すようにした。
(布団で一緒に寝たくてこうするようにしてたな)
部屋の中の高いところや狭い隙間の埃を、こまめに掃除するようにした。
(油断するとあいつが埃まみれになってたからな)
そうこうするうちに、僕は次第に健康を取り戻し、そして、夢を見なくなってしまった。寂しいけれど、夢でいいから一目見たかったけど、もうあいつに心配はかけちゃいけない。
夏のある夜、駅から家までの帰り道、高架下の歩道で僕の前に子猫が出てきて鳴いた。
あいつと同じ錆柄の、生後3ヶ月くらいの子猫。
−−−−タダイマ−−−−
「おかえり」
僕の頬を涙が伝った。