マシュマロ課題 チャレンジ課題6
前回がちょっと情けない感じだったので、今回は少し時間をかけて書きました。通勤時間+αで4時間弱くらい。
お題:汚れた計画
一日に七本の病院行きのバスは、満席だった。
恭二はバス後方の通路まで行き、手摺に掴まった。
程よい揺れと暖気が眠気を誘う。
姉に見舞いがてら報告に行く予定であった。
寛解することのない病……それも国の難病指定を受けておらず、医療費の補助を受けることができない……姉はそれを患っていた。
入院して治療を受けているだけで、毎月毎月金が飛ぶ。若い恭二がいくら働いても、蓄えが残らない。塞がらない傷から血が流れ続けるように、姉の病は姉弟二人家族の体力を奪っていた。
恭二がダブルワークと看病で精魂尽き果てそうなとき、とうとう姉が自殺未遂を起こした。
矢も盾もたまらず、恭二は国の難病指定と医療費の補助を獲得しようと、世間に訴え始めた。
全国紙の新聞に取材を受けた記事が載ると、恭二の元には同じ病の当事者とその家族からの連絡が次々と飛んでくるようになった。
活動のためのクラウドファンディングにも資金が集まった。
一方で、望ましくないものも集まった。無視できない数の誹謗中傷と、名声と献金目当ての政治家であった。
「こういうことは、やはり数の力のある政党に頼らなければ、早期の実現は図れないでしょう」
当事者と家族の会で、そうした声が上がった。
正直なところ、恭二自身は議席の数に任せて暴力的な国会運営をしている政党に好感は持っていなかった。しかし、既に運動は恭二だけのものではない。会のメンバーの会社経営者の山内という男性が、既知の関係だという与党議員に渡をつけた。
それからは……
思考を中断するように、バスが大きく揺れて停止した。
病院前の停留所に着いていた。恭二はバスを降りた。真っ直ぐ病棟には向かわず、まず花屋へ寄った。姉の好きな花を買う。
花屋の店員は、いつもあまり無駄な話をしない。花を買って病院に向かう客に、必ずしも楽しい話題がある訳ではない。ただ、沈んだ様子の恭二の顔を見遣ると、心持ちゆっくりと花を束ねた。
そして、ふとカウンターの向こうへ屈むと、手にした小さなブーケを差し出した。
「もし、お荷物でなければ、こちらお付けします。ご自宅用にいかがでしょう?」
どうやら切り落とした茎の短い花を寄せ集めたものらしい。思いがけない申し出に、恭二は少し面食らった。
「あ……ありがとうございます」
紫色の丸みを帯びた花が、心和ませる。店員は見舞い用の花束と別に、小さなブーケを袋に入れて持たせてくれた。
病室に入ると、ベッドの上の姉がこちらを向いて出迎えた。
「具合はどう?」
花瓶の花束を入れ替えながら恭二が問う。
「いつも通り」
いつも通りということは、不規則に襲い来る耐えがたい痛みを投薬でどうにか誤魔化しており、良くなっている様子はないということだろう。それを、いかにも悪くなっていないから大丈夫だという風に答える。
「そっちはどう?」
「……いつも通りだよ」
姉からの問いに、恭二も同じように答える。
恭二の暮らしは相変わらずだし、難病指定の話は、件の議員頼んだきり止まっている。
現在国会は総理大臣のスキャンダルで紛糾している。議員は「野党が批判ばかりで大事な話が進まない」と嘯くが、そもそも議案の提出もしていないし、彼が委員会で言及している事実すらない。その一方、会の集まりでは、献金の話と医師や製薬会社を巻き込んだ利権の話が中心的な話題になっていた。
恭二は密かに歯噛みした。
「それ、トルコキキョウだね」
姉が紫色の小さなブーケを指して言った。
「え?ああ、さっき花屋で貰ったんだ」
「花言葉、『希望』なんだって」
へえ、と答えながら、花を見つめた。
「ねえ、恭二。無理することないからね。私のためでも、他の人のためでも」
姉が改まって彼に向き合う。
「恭二は優しいから、周りの人のこと考えて色々遠慮してるんじゃないかと思う。でも、ずっと人に合わせてたら心が潰れちゃう。私は、恭二が思うようにしたらいいと思う。たとえ皆が間違ってるって言っても、私は応援する」
「姉ちゃん……」
「それにね、きっと私だけじゃないと思う。堂々とぶつかったら、案外あんたに付いて来る人も出てくるよ」
恭二の抱いていた考えを見抜いて後押しするように、姉が言った。
汚れた計画から手を引いて、新たに行動を始めよう。もっと、心から希望を見出せるような、そんな形で。
「うん。ありがとう」
小さなブーケを見つめて、恭二は決意を固めた。