Scott McKenzie - San Francisco (Be Sure to Wear Flowers in Your Hair) / 花のサンフランシスコ - 1967
「霧のサンフランシスコ」と来たので、次は…
「花のサンフランシスコ」にしてみました。
ちなみに原題「Be Sure to Wear Flowers in Your Hair」を、
グーグル君で翻訳すると…
「あなたの髪に花を着ることを忘れないでください」という直訳に。まぁ「あなたの髪に花をつけて下さいor飾ることを忘れないで」が妥当かな。
前回の「霧のサンフランシスコ」の原題「I Left My Heart in San Francisco」は「霧のサンフランシスコに心を残した」ですがね。
機械翻訳だけど、意味が簡単にわかる今の技術ってスバラ。
この歌は昔から知っているし、カバーも聞いているし、どことなく清々しい気分にさせられる曲ではあるんですが…歌い手たるスコット・マッケンジーのことは、ほとんど知らなかったり。
日本のウィキ先生にはほとんど載っていないので、
英語版を見ると本名が、
フィリップ・ウォーラック・ブロンドハイム・III世…って、
何その仰々しい名前っっ
もしかして貴族のご子息ってやつかしら?
アメリカはフロリダ生まれのシンガーソングライターで、
音楽は高校時代からで卒業後三人の仲間と、
The Abstractsという名前のドゥーワップ バンドを結成。
ニューヨークのカジノやナイトクラブで演奏しつつ、1961年にレコードデビュー。前のバンドの解散などよくわからないのですが、レコードデビューをした時には先のバンドではなく、ニュージャーニーマンというグループで、後にママス&パパスのメンバーとなった、フィリップス夫妻も在籍していたようです。
そして、ニュージャーニーマンも解散。
スコット・マッケンジーと改名していた彼はソロに。
ママス&パパスのジョンとミッシェルは、ニュージャーニーマンでスコットと一緒に活動していたこともあり、そういういきさつで親しい音楽仲間として共に創作活動をしたり、互いのライブに出演したりと親交が続いていたようです。
モントレー国際ポップミュージックフェスティバル
事実、スコットにとって永遠のオールディーズ、エバーグリーンとなったビッグヒット曲(世界で700万の売り上げ)。
モントレー国際ポップミュージックフェスティバルの宣伝に使われた、この曲「花のサンフランシスコ」はジョンとの共作だったりします。
・・といっても、ほとんどジョンが作った曲ですが…
しかも、たった20分で作ったとのこと。
どことなく懐かしく郷愁を誘うメロディアスな曲ですが、
当時はサイケデリックなポップソングと言われ、ヒッピー、反ベトナム戦争、フラワーパワー運動を含む、1960年代のカウンターカルチャー運動の非公式の国歌、などと評されています。
はい、実はこの歌は反戦歌だったりします。
ようするに、
サンフランシスコに行くのなら、
髪に花を飾るのを忘れないで下さい…
という歌詞中の花というのは「戦争反対」すなわち
反戦の意志表示であり、平和を訴えかける行為そのものなんですね。だからこそのフラワーチルドレン、フラワーパワー活動なんだけども。
あなたが平和を望むなら…
サンフランシスコに行くのなら
(反戦のための集会に参加するのなら)…
平和を望むという意思の表れとして、
髪に花をつけて来てください。
…と、人々に呼びかけていたりする。
「San Francisco / 花のフランシスコ」1967
そしてこの曲は実にたくさんの日本人にカバーされてます
海外ではあんましいないんですよね 探したけども
いそうでいない
そして日本だと一部は英語ママだけど
日本語で歌われているのがほとんど
スパイダーズ カバー
中村晃子さんカバー
ペドロ&カプリシャス カバー
ヴォーカルは二代目の高橋真梨子さんですね
郷田哲也とサンフラワーズ カバー
このバンドは知りませんでした グループサウンズのバンドですが
活動期間はとても短かったみたい
石嶺聡子さんカバー
音楽番組で石嶺さんのカバー聞いたとき、
とてもいいなあと思った。
ザ・スウィング・ウエスト カバー
インストです。
元々ロカビリーのバンドで、1957年にデビュー。その後グループサウンズに転向したようですね。
田辺エージェンシーの社長になった、田邊昭知さんや湯原昌幸さん、カーナビーツに移籍した喜田村次郎さんなども在籍していたみたい。
ポール・モーリア カバー
ポール・モーリアらしいアレンジです。
うん、どこから聞いてもポール・モーリアだww
そしてスコット・マッケンジーは、
決して、この一曲だけというわけではなく…
「Like An Old Time Movie」1967
いちおうこの曲もヒットしたみたい。やはりジョン・フィリップスの曲。ジョンというと不名誉なネトラレ夫として有名ですが…(妻のミッシェルが、同じグループのデニーと2年間も不倫しているのを、一緒にツアーやライブなどしているというのに気づかなかったサレ夫さんなのでした。トホホ)
曲を作る才能は間違いなかったようです。
「Rooms」1967 (The Mamas & The Papas Cover)
でもって、
スコット自身は「花のサンフランシスコ」のヒットだけで語られるシンガーともなり、地道にライブ活動行っていましたが…2012年ギランバレー症候群により、天命を終えられました。合掌。
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「My Favorites〜音楽のある風景」
2021/02/23 掲載記事より転載