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境目を曖昧にする

就労支援のプロセスって、すごくざっくり言うと、

①本人の状況や条件を整理して、就労可能性をアセスメントする

②本人に合う就労を、段階を追って寄り添いながらあっせんする

③フォローをしながら、安心して働けるようにフォローをする


です。
めっちゃ端折ってますが。


僕らはこのプロセスのプロフェッショナルです。
この工程については、何をどうしたらいいか、どこに意識を置きながらやるのか、何を情報として持たないといけないか、嫌というほど知っています。


就労移行なんてやっていると、僕らは障害者支援のスキルと就労支援のスキルを持ちます。
障害者の就労支援のスキルではありません。厳密な表現をすると、障害を持たれた方が就労することができるように、障害者支援としての就労スキルや社会スキルの習得のための援助と、仮に障害を持たれた方であっても安心して就労できるよう、就労そのもののプロセスを分解してどこにサポートが必要なのか、どのような制度が運用できるのかなどを織込みながらプロセスを体系化し直して支援として成立するものに再構築している就労支援という、別のものを掛け合わせながら運用しています。





えらくまわりくどい言い方をしたのには訳があって。



今日、障害福祉とは分野としては違う分野の方のところに就労支援についてお話しする機会があってお伺いしました。
就労の支援、というのは分野はお互い違えども、支援対象者が社会の中でこれから生きていくためには多分結構必要な支援で、たまたま僕らは障害者支援の制度の建て付け上、就労支援というスキルが必要であったために、様々なノウハウを蓄積していますが、分野によっては就労支援の必要性はあれど、なかなかそこに手を付けていくことが状況的に行いにくい分野もあります。



冒頭にお話ししたように、僕らは障害者支援だけでなく、就労支援のプロでもあります。
実は僕らが行っている就労支援のプロセスは、今は対象者を主に障害を持たれた方としていますが、実はスキル自体は「生きづらさを持たれている方」であれば誰にも当てはまるようなスキームなんです。
いろんな分野に転用ができうるものです。
なのに今までそんなノウハウが交わり合う機会がなかったそうなんです。



この感じは以前にも味わったことがあって、その時は僕らが持っている障害者支援の部分で、今は懇意にさせてもらっている障害当事者の保護者支援を行っている法人さんとよくセッションするようになったばかりのころに、「初めて当事者支援の人がちゃんと関わろうとしに来てくれた」と言われた時の感情でした。


僕が偉そうに言える話じゃないですが、「なぜ今まで交わったり関わることが生まれていないんだ?」という疑問です。



環境的な要因はあるかもしれません。
福祉というジャンルはいつだってマンパワーも足りなきゃ時間も足りない分野。交わり関わるタイミングもなかったのかもしれません。


でも多分もっともっと構造的な問題やバイアス的な問題が根っこには横たわっているような気もします。


制度での縦割り、分野での縦割り、対象者でのカテゴライズ、専門職、という名の拘束・・・。
僕らは障害福祉サービスの従事者だから、例えば就労移行支援事業所に相談があれば動きますよ、とか。
僕らは障害者支援の分野だから困窮者の支援は分野違いでしょう、とか。
お年を召されたら介護保険で。障害の方では介護はできません、とか。
僕は障害者就労の専門職だから、障害者の方の就労支援ならできますよ、とか。


逆を言えば事業所の利用を前提としなければ動かない、制度的に動くことが位置付けられていないと動けない、対象者によって自分達が支援するかどうかを判断して、自分達の専門性や資格みたいなもので自分達のやることを定義づけている訳ですよね。



でも実態的には、僕らの持ち合わせているスキルは、障害者に対してしか有効性がないものではなく、それをシェアしてはいけないルールはありません。
多分、制度の枠組みが違うこと、それぞれの支援者の対象者が仕組みの中でとても狭義に定義づけされていること、資格や職域で何となく自分のフィールドを自分達で線引きしている、みたいな枠組みがある故にそこに留まっていないといけないような概念を僕ら自体が各々で持ち合わせてしまっている部分は大きいんじゃないかな、と思います。


現代みたいな社会課題自体がそれぞれ微妙に重複して、多少お互いが干渉しあっているような状況で、ましてや1人の対象者が複数のカテゴリの社会課題の渦中にいるような状況が増えてきている中で考えなきゃいけないのは、どれだけその共通項を探りながら自分の持っている引き出しを整理して、転用できうるものを抽出しながらその重複している部分でシェアしていけるか、みたいな発想でそろそろ考えていかないといけないような気がします。


つまり、僕は確かに障害者就労支援をしていますが、実際に用いているスキルは障害者に対象を絞るものではなく、どうやら「生きづらさ」を持たれている方に横断的に適用できるものだぞ、たまたま通常は対象者が障害を持たれた方、になっているが、それが変わっても全く問題なく同じプロセスを用いれるぞ、みたいなことを見つけていけば、自分達ができることは何倍にも広がります。


制度や所属、分野や対象者などでセパレートするのではなく、自分達の持ち合わせている機能やスキルで何ができるのか、みたいな発想の転換が多分今は必要なんじゃないか、と感じるんです。


建て付けとしての社会資源は何となく整ってきているが、今までは必要だったかも知れないセパレートが枠組みがあることが、もしかしたら今の時代それぞれの機能の補完や社会資源同士の互助を変に阻害しているのかも知れない、と日に日に思うようになっています。
もちろん基本的にはそれぞれのメインフィールドがあるのが当たり前で、そういった意味でもある程度のセクションは必要です。
でも多分今はその縦軸だけじゃダメで、機能やスキルなどで横断していけるような横軸の発想を加えて持っておかないといけない、つまりそこの境目はくっきり分かれるものじゃなくむしろゆるく曖昧にしていかないと、様々な課題を重複して持っている対象者を支援していくなんてどんどん叶わなくなりそうな気がします。


果たして自分が持っているスキルは、「障害者の方」じゃないとできないものだっけ?みたいな疑問符を自分に投げかけながら、もう少し自分の定義を広げながら、もう少し境目のない支援者になっていきたいな、と思います。

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