名なしの童子

人生とは「出会いと別れ」。そういってしまう人もいるほど、巡りあいというものは、奥の深いものだ。出会いも別れも一つの小説のような物で、モチーフとしてはもっとも手垢が付いたものかもしれない。ただし佐藤さとる氏の手にかかると、不思議な「お話」として私たちの前に降り立つ。「名なしの童子」も、そんな「出会い」の話である。

主人公は、小さいときからモヤモヤとした「霞」のようなものが頭の中にあることを感じている。やっかいな「それ」のために、勉強に手がつかなかったりするが、別状命に関わる物でもなく、月日は過ぎていく。やがて、建設会社の社員となった主人公。そのモヤモヤとした「霞」のようなものは、いったいなんだろうか?

佐藤さんの「出会い」を描く作品は、いくつかあるが、いずれも甲乙つけがたい逸品であることはゆうまでもない。この話も、例に漏れずさわやかな読後感は保証付きである。
文中、モヤモヤとした「霞」を突き止めようと、主人公が「霞」と相対する際の描写は、見事としかいいようのない、面白い文章であるし、そのきっかけとなった、会社の部長との会話のもって行き方などは、さすがである。最後の展開と描写も、あたたかな情景が目に浮かぶ。

人生と人に疲れたとき、読み直して見るにはちょうど良い一編。「出会い」とはなにか、ふと振り返るとき、気軽に使ってしまう「運命」という言葉をもう一度かみしめてみたり、「ま、人生も捨てたもんじゃない」と確認したいときなどには、もってこいの「名なしの童子」である。(佐藤さとる作、名なしの童子、佐藤さとる全集8等に収録)

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うっかりネタバレをしそうになってしまう一遍。どこからアイデアが出てきたか、お会いした時に聞けばよかったと思ってしまう。まあ、緊張してそれどころではなかったという感じだったけど。


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