ゴールデンスランバー 伊坂幸太郎 新潮文庫

 2008年本屋大賞受賞作品。候補作の常連でありながら、なかなか大賞に届かなかった伊坂作品だが、この年にこの作品で受賞しました。
山本周五郎賞も受賞しているスリリング・エンターテイメントの傑作と言えるでしょう。

 青柳雅春は、困惑していた。仙台にやってきた若き首相が暗殺され、その犯人が自分だと報道されている。直前にあった学生時代の友人、森田は「逃げろ」と言っていた・・・。事件の直前の描写から始まり、事件の視聴者を描いた後、いきなり二十年後になる。つまり読者は、ほぼ事件の結果を知っているのだが肝心な犯人の全貌は分からない。その状態で事件本編へなだれ込む。

 いきなり事件へ雪崩れ込むかとおもいきや、周りを固められてじわじわと周囲を狭められてから・・・というストーリー展開に唖然とする。さらに、身の覚えが無い濡れ衣を振りほどきながら逃げる主人公を描く手法は斬新であるし、その上、かれの学生時代と現代を交互に描きつつ、最後にさまざまなエピソードが収斂していく描写は素晴らしい。

 この本の魅力は、いろいろあげられるが、大きく絞ると下記の3点になると思う。

1.奇想天外な発想と設定
2.映画で言うフラッシュバック的手法。
3.巧妙な伏線

 まずは、その設定である。現役総理が暗殺されるという事件を扱いながら、その犯人は捕まらないという意外性は捨てがたい。さらに、主人公は、その犯人の濡れ衣を着せられたサエない元宅配ドライバーである。このミスNo.1になったとはいえ、ひたすら逃走劇を描くという異色作でもある。作中に「ケネディとオズワルド」の事例を上げ、オズワルド冤罪説と絡めつつ、権力機構の怖さ、一般市民の無関心さ、マスコミの無責任さを描いていく。でもなぜかほんわかする癒しのエピソードもあるという所が伊坂節でもある。

 さらに工夫されているのが、その構成である。冒頭は暗殺前の周辺描写であり、いきなり20年後に飛ぶ。読者はここで事件の概要とその後の状況を知った上で、事件後の逃走劇を追走することになる。そして、最後に事件から三ヶ月後となる。あらためて、事件後と三ヶ月後を確認した後、20年後を読むとさらに事件の全貌が浮き上がってくる。

 そして、なにより秀逸なのが伏線の張り方である。小ネタから根幹まで縦横無尽に張られた伏線は絶妙のタイミングで刈り取られていく。伊坂さんの伏線は定評があるが本作でもその特徴は生かされている。伏線は回収よりも張るときのほうが難しい。伏線と気がつかないことが重要なのだ。伊坂さんは絶妙な張り方をする。さらにその内容は、伏線と思わせない何気ないものなのだ。小さな描写が重要な伏線になって繋がっていくのは、伊坂さんの得意とする所だが、それに説得力とリアリティを付加していく。なんとも言えないエンディングがぐっと来る豪華な一冊である。

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伊坂作品にハズレなし。もし未読なら、まずは本作から。


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