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炎上商法 (2255字) │ 特撮ショート

 この世の黒を、すべて集めて塗ってしまったような猫を拾って、今日で大体一週間になる。

 ある日署を後にして、最寄りの駅から自宅まで歩いている道の途中で、私が見つけた。闇夜に溶け込んでいたせいで、長く伸びた尾を靴で踏んでしまい、今にも消え入りそうな声で怒りの鳴き声を小さく上げたのを、聞き逃さなかった。鉄パイプでも踏んだのかと思うほど硬い感触だったが、そんなことよりも、目の前の命のことで精一杯だった。

 慌てて抱き抱えて家に帰るなり、ありったけの毛布で体を包んだ。季節は冬至を待ち構えていて、まるでの電信柱のように冷たい体を温めるのに苦労したが、今では私が帰るとけたたましく鳴くほど元気になってくれた。

「続いてのニュースです。連日報道各局を騒がせている爆破事件について、本日新たな被害者が確認されました。5階建てマンションの一室で突如爆破が発生。部屋に住んでいた22際男性は死亡し、同建物内の住人にも意識不明の重体者が出ています。捜査当局によりますと、増加を続ける外星人による犯行と見られ‥」

 暑に向かう車内のラジオからは、またこの話が流れてきた。警察官として生計を立てている以上、情けない気持ちが湧いてくる。本部が立ち上げた対策委員会は数百名体制で連日捜査を急がせているが、一向に進展がない。私も属していて、靴がすり減るほど外を駆け回っている。猫のおもちゃを買いに行く暇もない。

 残念ながら今わかっていることは、被害者は生前、何かのトラブルを抱えていたことと、とても真面目な性格の持ち主だったことだけだ。

「電車でお年寄りなんか見つけたら、誰よりも早く席を譲るようなやつが、レジが少し長いだけで、急に怒って喚き散らすようになりましたからね。彼女に浮気されたのが、よっぽど悔しかったんだと思います」

 死亡した22歳男性の友人が、当時の状況を話してくれた時の顔を浮かべながら、私は署内に車を停めた。本部室に入るなり、室長が全員を集めて口を開く。

「現場から爆発物の残骸は出ていない。火薬の反応もだ。自殺の線を疑う声もあるが、俺は他殺だと思っている。跡形もなく消えるような代物つくれるやつが絡んでるのだからな」

もう一度対象者リストを頭から洗い直せと声高に叫ぶの聞いて、私はもう家に帰りたくなった。今回またリストを見直せば、これで5回目になる。絞る条件を変えることもなく、ずっと同じことを命じられるのに嫌気がさしていた。

 「今日も何もわからなかったよ」その日、家路についたわたしは、そう呟きながら猫の下顎を撫でていた。言われた通り、もう一度監察中の外星人を当たったが、全員心当たりはないの一点張りだった。

 猫は目細めながら喉を鳴らし、疲弊したわたしに愛嬌を振りまいてくれる。だが、よく見ると、昨日よりしっぽが短くなった気がする。それに、あんなに黒かった体毛も、どこか明るい色になったように見えた。誰かに切られたわけでもなさそうで、本人も気づいていない。きっと気のせいだと考えるのを諦めて、本部への怒りが冷めないまま、1日を終えることにした。

 翌日からしばらくは、まるで配達業者の1日のような日々が続いた。また来たんですかと半ば呆れられながら部屋を後にして、次の建物へと移動するのを繰り返す。自宅に帰って猫と戯れる時間などなかった。いつしか猫は尻尾がほとんどなくなり、赤茶色の毛並みへと変わったことに気づいたのも、いつかの朝だった。

「知っていることを全て話せ。さっきの取引は一体なんだ」

 わたしはその日、気づくと夕暮れが差し込む路地裏で張り込んでいたところ、監察対象者が誰かに紙袋を渡している場面に出くわした。わたしは我を忘れ、二人の間に割って入り、その外星人を押し倒す。馬乗りになり、渾身の怒りを込めて大声で問いただしてしまった。

「嫌だな。ただの頼まれごとですよ」

胸ぐらを掴むわたしの腕を振り解こうとしながら、外生人は苦しそうに答えた。わたしは無言でホルスターの安全ピンを人差指で弾き、手に取った光線銃を外星人のこめかみに当てる。

「地球人を舐めるなよ。お前を捕まえるネタなんて、いくらでもあるんだぞ」

 外星人の顔はみるみる緑色を帯び、擬態した中年男性から、醜い元の顔に戻っていった。

「わかりましたから。そんな物騒なものは、しまいましょうよ」

「お前が指図するな」わたしはそう吐き捨てて、銃の安全装置を解除してみせた。

「待って下さい。あれは、新しい爆弾です」

ついに緑色の醜い顔は、本当のことを話し始めた。

「説明しろ」

「燃やしてしまいたい相手が多いのが、この星の住人の特徴でしょう。だから、それを叶えてあげようと思いましてね」

もちろん、お代はもらいますがねと笑いながら話す外星人の頭めがけて、わたしは思わず銃の持ち手で一振りした。

「詳しく話せ」

頭を抑えながら悶える顔をよそに、わたしは質問を続けた。

「仕掛けたい相手が好きな動物の姿に擬態するロボット型の爆弾ですよ。ほら、最近よく見るでしょう、犬の動画」

「贈られた主の心理状態を常時スキャンできる代物でね。特に怒りの感情が多く感知されるほど、爆発までの時間が早まる仕掛けです」

本当にいい趣味をしている。そう言いたげなわたしの心理を察したのか、最後に緑の顔はこう言った。

「わたしたちも、慈悲の心がないわけじゃない。爆発までの猶予がわかるんですよ。鳥だったら、羽がみるみる抜け落ちる。もちろん、気づくかどうかは、別ですよ」

わたしは、もし猫だったらと聞こうとしたが、やめておくことにした。


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