
嫉妬深い男(2542字) │ 特撮ショート
私の星が地球と戦争を始めて、もうかなりの月日が経った。編成された部隊を取り仕切るのは、義体化率80%を超すエリート司令官達だ。開戦前に、彼らの電脳が導き出したのは、我らアンドロイド軍の圧倒的な勝利という結末だった。
「調査の結果、地球の文明レベルは我々の半分以下のようである。脳の電子化も済んでおらず、統率はすぐに崩れるだろう」
母星の港を経つ前に、自らが所属している軍の司令官は自信ありげにそう説明していた。三日もあれば終わると。
結果的にその思惑は見事に外れることになる。彼の楽観的観測に基づく采配のせいで、私たちは未だに地球の土を踏めていないからだ。地球は外星からの侵略に耐えうる力を有していた。だが、彼の気持ちも少しだけ理解はできる。地球人は、何を考えているかわからない。
まだ戦争が始まったばかりの頃、私は先遣隊の一人に選ばれた。目的は、拠点建設候補地の調査だ。銀河を渡り、私と他の隊員達数名を乗せた小さな偵察艇がたどり着いたのは、地球にある雪深い地帯だった。着陸はできたが、暗視スコープが役に立たないほどの猛吹雪で、隊が遭難するのは時間の問題だった。目的地に向かう途中で一人ずつ欠けていく。私の胸の中に埋め込まれた人工心臓も、寒さに負けて鼓動を止めてしまった。
「やあ、目が覚めたかい。神経系の接続の仕方は、間違っていなかったみたいだね」
目が覚めると、私は作業台の上に横にされ、コンクリートの天井と一人の男から見下ろされていた。元から着ていた服のままだったが、体の中に手を加えられたような違和感がある。
「ここはどこなの」
「地面の下にある私の家の中さ。頭上で誰かが倒れているのがカメラから見えてね。女性を勝手に上げるのは気が引けたけれど、許してほしい」
問いただすと、壊れた私の人工心臓を修理してくれたらしい。義体化率が低い私は、元からの性別である女の身体的特徴をいくつか残しているが故に、恥じらいを隠せない様子だったが、ただの機械工学者ではなさそうだ。
「礼は言う。だが、私を捕らえても無駄よ。すぐに援軍が来る」
「ただ君を直してあげたいだけだよ」
「とぼけないで。何億光年も離れている星の技術で出来た体を簡単に直せるのは、軍の者だけでしょう」
「もし僕が君の体の秘密を探るなら、事切れた後にしたほうが手間が少ないと思わないかい。戦争にも興味はないさ」
「どうかしら」
この家には僕しかいないから、好きに過ごしていいよ。男は私にそう言い残すと、部屋のドアを閉めて出ていった。どうやら私の星と争いが始まろうとしているのは知っているらしいが、捕虜にするつもりはないらしい。内蔵された嘘発見器も異常を示さなかった。
それからの毎日、冬山の地下で孤独な男と機械の女が共に暮らす奇妙な日々が続いた。男は実に優しい。心臓の調子を毎日見て、可動部の動きが悪ければ、愛おしそうに油を一滴ずつ差してくる。「君が初めて機械になった日に、同じ場所で過ごした人が羨ましいよ」それが男の口癖だった。日を重ねていくうちに、彼が抱く私という機械への関心は、異常なほど高まっていることに気づき始めた。
「たしかに最初に手術をしたのは別の誰かだろう。けれど、最終的に君の体を完成させたのは、この僕だよ」
いつものように朝の点検をしている最中に、男は動かす手元を見たまま、そう静かに呟いた。もうこれ以上はここに居れない。私はその夜に、この場所から抜け出した。気づかれていないかどうかは定かではないが、追手もない。心臓も変わらず動いている。奇跡的に乗ってきた偵察機も発見でき、私一人で母船に帰還することになった。その後すぐに戦争に火蓋が斬られ、男との縁も切れた。
そんなことを思い出していると、新しい上官から会議室に来るよう言われて私は我に返った。
「ああ、来てくれたか。君に新しい命令だ」
「どういったものでしょうか」
椅子にかけた上官は、立って話を聞く私の方をほとんど見上げず、手元の情報端末を操作しながら続ける。
「参謀本部はこれ以上の持久戦は無用と考え、明日に熱核攻撃を行うことが決定された」
「核弾頭ミサイルが手段になるが、問題は発射台を動かすエネルギーがもうほとんどないことだ。そこで、艦内にいる隊員のなかで、人工心臓を持つ者から募ることになった」
しばらく沈黙が流れた後、私から口を開いた。
「私の心臓は、各部異常はありません。もとより、家族もおりません」
私は一礼した後、部屋を出た。私は悲しいというような感情はなく、ただこれで終わるのだなと思うだけだった。
どれくらいかはわからないが、自室で過ごしていた私は、ついに終末の時を迎える。艦内にある医務室に連れて行かれ、機械仕掛けの椅子に座るよう命じられた。
「貴殿の協力に感謝する。最後に、なにかあるか」
先に入っていた上官は、装置を取り付けられる私を見下ろしながら、そう言った。
「我がアンドロイド軍に栄光あれ」
私はそう言い残すと、意識を失った。
目の前に広がる真っ白な光景が、いつか見た雪原ではなく、部屋の光が眩しく映るだけだと気づくのに時間を要した気がする。
「やあ。前に一度やったから、難しいことはなかったよ」
聞き覚えのある声が聞こえてくると同時に、周囲を見渡すと、私はなぜかあの男の部屋にいた。
「どういうことなの。私はもう」
「君達の会話は全て聞いていたよ。こんなこともあろうかと、君の記憶データは、僕がつくったその義体に転送される仕組みにさせてもらったんだ」
言い返すつもりで体を動かそうにも、思うように操作できない。
「まだシンクロが始まったばかりだから、無理しないほうがいい」
男は不的な笑みを浮かべながら、体が繋がれた液晶へ向き直る。
「そうだ。熱核攻撃は」
断片的に記憶が蘇り、地上の様子が気になって仕方がなかった。
「そのことなら心配いらないよ。君の心臓が取り出されることを検知すると、自爆するからね」
火の海に覆われているのは地球ではなく、私が乗っていた母艦らしい。
「どうして、そんなことをしたの」
「それはね、僕が作った君の体を、他の誰かに触らせたくはないからだよ」
男はまた不気味な笑顔を顔に浮かべて、私に近づいてきた。どんなに高度な技術があっても、地球人だけは理解できない。
\最後まで読んでいただき、ありがとうございます/
よければ、スキ、コメント、フォローお願い致します!
▶️ 作者のX ウルトラ更新中:@ultra_datti
いいなと思ったら応援しよう!
