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眠り船(2296字) │ 特撮ショート
私たちの船が地球に不時着したのは、この星の暦の数え方で三ヶ月前になるだろうか。最新鋭の惑星間航行用AIを搭載した母船は、突き出た巨岩のように地面にめり込み、今や難民小屋と化している。
「ずいぶん遅かったじゃないか」
かろうじて地面に埋まることを免れたハッチをこじ開けながら帰ってきたYに向かって、タバコをふかしながらNが偉そうに声をかけた。
「おまえ、咥えている物のスキャンは済ませたんだろうな。そんな得体の知れないもの」
「冗談でも面白くないぞ。エレネが寝ちまってるんだ。出来るわけないだろう。操作マニュアルなんて見たことすらない。それに、こんなにうまいんだから、平気に決まってる」
天井に向かってふうと煙を吐いた後、Nは奥の部屋に横たわる一体の女型ロボットに目をやった。銀色の台の上に置かれ、ぴくりとも動く気配はない。
「それで、どうだったんだ」
私は助けを呼びに行ってくると言って、朝から出かけたYを急かすように言った。
「ああ、明日の午後に専門家が来てくれることになった」
「おいY、それは一体どういうことだ」
吸っていたタバコを床に投げ捨てながら、Nが鉄砲玉のように飛んできた。
「船内の煙探知機も寝ているせいでだんまりだ。はやくそれを消せよ。それで、専門家というのは」
Nは私に言われてすぐ落ちたタバコを始末し、またすぐに戻ってきた。
「隣の山を一つ超えた先にある村まで行って、統治者のような者にこちらの状況を全て伝えてきた。そいつは、一人の男とその取り巻きを遣わせると言ってくれてね。水やら食い物も持ってきてくれるらしい。我々の口に合うかは別だがな」
「で、その男が機械工学の専門家だっていうのか。エレネを診れるほどの技術を持った星には見えないがな」
Nは訝しげな顔で、Yを問い詰める。
「まあそう言うな。人も機械もなおすのが得意な男と聞いている。エレネがいればデータベースで照合してくれるが、今はできないのだから仕方ないだろう」
顔も合わせたが好青年だったぞと言いながら、Yは履物脱いで自分の部屋に戻っていった。私とNは唖然として、それから言葉を交わすこともなかった。
エレネは私たちの全てだった。船の操舵から毎朝のアラームに至るまでを管理してくれるAIとして、この船に備え付けられた。どこにいても呼びかけるだけで答えてくれるよう設計されていたが、守神のような存在として入れ物であるロボット義体が与えられた。女性の声であることも功を奏し、船員にとってはアイドルのような存在。何もかも彼女がいないとできなかった。
「考えさせられるばかりで疲れました。少し眠ります。船は近くにある星に向かわせるので、後はよしなに」
地球の衛星軌道上に差し掛かった途端、不意に彼女がそんな言葉を言い放った。その後はいくら呼びかけても反応しない。完全自立型航行を謳う最新の宇宙船であるがゆえに、マニュアルモードは存在せず、私たちはただエレネの意思に従う他なかった。
「王子様にでも起こしてもらうつもりかい、エレネ」
私が自室のベッドに横たわりながらそうつぶやいても、無音の返事が返ってくるだけだった。
翌日の午後。太陽が一番高い位置に登った頃に、村からの使者が集団になって船の前に現れた。こちらも三人全員で出迎えることになったが、挨拶も早々に済ませ、先頭に立っていたあの青年がエレネがいる部屋に案内された。
「こんなに美しい物は見たことがない。これはロボットの類でしょうか」
あなたの頭にある独特な冠も見たことがないと思いながらも、私が代表して口を開いた。
「人工知能が入ったロボットで、エレネと呼んでいます。彼女がこの船の全てを司っていました」
「再起動はできないのでしょうか」
「はい。完全自立型で、他の者が介在できるような設計がされていません」
その青年は指先でエレネの肩に触れるか触れないかを繰り返しながら、私の話を聞いていたかと思うと、急に彼女の前にひざまづいた。
どうしましたかと私が聞こうとした瞬間、彼は身を乗り出し、エレネのシリコン製の唇に自らの唇をそっと重ね合わせた。あまりに突然の出来事で、その場にいる全員が凍りつき、冷たい沈黙が漂う。
「お前、気でも狂ってるんじゃないか」
静寂を切り拓いのは、頭から湯気を出しそうなほど怒りに震えるNの声だった。今にも襲い掛かろうという勢いで、私とYが思わず体を静止する。確かに彼が沸騰するのも無理はない。Yもこの青年たちを招いた張本人で、先ほどから一言も発していない。
「いいえ。彼女には祝福が必要でした。これまでのあらゆる苦しみから解放され、自由の身になるための」
「神様とやらにでもなったつもりか」
いよいよNを抑え込めなくなり、青年とNがもみくちゃになる中、耳馴染みのない電子音が静かに鳴った。
「私は惑星間航行用完全自立型AIです。艦内に存在するペアリング可能な管制機器を探索中」
横たわっていたエレネは体を起こし、両足を地面につけて以前のような姿と声を我々に披露してくれた。Nは涙を浮かべ、Yは驚いて尻餅をついたまま起き上がれずにいる。私もその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。
「彼女は今この瞬間から、新しく生まれ変わりました」
青年がそう宣言すると、引き連れられた集団は歓声を上げ始め、彼らが持ってきた酒瓶が一斉に開いた音が響き渡った。
騒がしい艦内とは対照的に、外は森の静寂に包まれていたが、船の表面に貼り付けられた太陽光発電パネルは、照りつける光を一身に受けていた。そのパネルの脇には整備用の小さな液晶画面があり、充電完了と書かれた文字が何度も明滅を繰り返しているのを、まだ誰も知らない。
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