伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第20話
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第1章 約束の簪
19 やっぱり嫌な奴!
紗紀が再び骨董店『縁』を訪れたのは、田舎から帰ってきてから、さらに三日後であった。
その短い間に目まぐるしく、いろいろなことが起きた。
それも、良いことばかり。
胃がんの可能性が大きいと医師から診断された父だが、さらに、精密検査を受けたら、まったく問題がないという結果が出たのだ。
今は仕事に復帰し、元気に働いている。
今回のこともあってか、自分の身体のことに無頓着であった父は、健康に気を遣うようになった。
良いことだ。
そして、母は知り合いの紹介で、以前よりも条件のよい仕事を見つけた。人間関係も円満で、女性同士のいざこざもない明るい職場だと喜んでいる。
最後に、一番驚いたのは姉の光紀だ。
婚約者に二股をかけられ、婚約が破談となった姉は、事故で助けた少女の兄と良い感じの仲になったという。
毎日のようにその彼が病院に見舞いに訪れ、話をするうちに気が合うようになり、互いに惹かれていくのに、そう時間はかからなかったとか。
さらに驚いたのは、その相手が、誰もが知る有名企業の息子だったのだ。
つまり、お金持ち。御曹司。
退院した姉と御曹司は、今は結婚を前提にお付き合いをしている。
まさに玉の輿である。
そんな出会いもあるのね。
お姉ちゃん、お幸せに。
店の奥にある椅子に座っていた一空は、読んでいた本から目を離し、こちらを見てにこりと笑った。
一空の笑顔に心臓がトクンと鳴る。
嫌味な感じで素っ気なく、口を開けば冷たいことしか言わないけれど、それでも、やはり見とれてしまうくらいの美形だ。
椅子から立ち上がった一空は、優雅な足取りで近寄ってくる。歩く姿もスマートでカッコいい。
一空の身体から、お香の香りだろうか、ふわりといい匂いが漂ってきた。
「来てくれてちょうどいい。こちらから連絡をしようと思っていたところだった」
伊月さんが私に連絡?
な、何だろう。
「その節は本当にありがとうございました。曾祖母の楓さんも無事成仏したおかげで、あれから私の前に姿を現すこともなくなりました。二人はあの世で幸せに暮らしているでしょうか」
「そうであって欲しいものだな。何しろ男の意識が薄すぎて、あの時は話をできる状態ではなかった」
「え? でも、あの時真蔵さんはちゃんと楓さんを連れて行きましたよね?」
「あれは、僕の眷属であるコウキを男の身体に憑かせ、男の意識を読み取り行動させた」
「へえ、そんなこともできるんですね」
さすが、凄腕霊能者。
恐れ入った。
「あ、ところで私に連絡をしたいと言ってましたけど、何か?」
「ああ」
と言って、一空は手を持ち上げ、こちらに向かって差し出してきた。
何だろう、と紗紀は一空の顔と、差し出された手を見て首を傾げる。
「簪を返してもらおうと思っていた」
「え! 返さなければいけないんですか?」
「あれは僕の店で引き取ったもの。つまり、この店のもの」
「楓さんの霊も無事成仏したから、事情が変わったと私は思っていて」
簪は、田舎の仏壇に置いていこうと思ったのだが、トキがどうせなら紗紀に持っていて欲しいと言われそのまま持ち帰った。
この件は、解決したと思っていたから、まさか簪を返せと言われるとは予想もしていなく紗紀はうろたえる。
「強引に引き取ってくださいと押しつけてきたのは紗紀ではないか」
「確かにそうだったけれど。大して価値がある簪ではないんでしょう?」
だったらいいではないか。
「紗紀はあの簪を、価値がないものだと思っているのか?」
「作りは悪くはないのかなあ、とは思うけれど、古いものだし」
一空は腕を組み、にやりと笑う。
「あれは白蝶貝」
馴染みのない言葉に紗紀は首を傾げる。
「白蝶貝と言った方が、分かるか?」
「ああ、あれね。よくシャツのボタンに使う」
「まあ、それだ。その白蝶貝に24Kで手描き蒔絵加工し、梅の花の花心に上質淡水本真珠。軸はアンティークの純銀を使用したもの。平打簪といい、紗紀が思っている以上に値打ちのあるものだ」
思わず吹き出しそうになった。
「白蝶貝? 石ではなくて?」
「石と貝の違いも区別できないのか」
「パワーストーン的な類いのものかと思ったのよ。それで、値打ちのあるものって言ったけど、価値は──」
価格を聞いて、紗紀の目が飛び出しそうになった。
「そういうことだ。簪を買い戻したいと思っているなら、相応の代金を支払ってもらおう」
と、一空はさらに手を突き出してきた。
「ええー!」
やっぱり意地悪だわ。
嫌な奴!
そうそう、代金といえば。
「あのう……言おう言おうと思っていながらつい先延ばしにしていたのですが」
「はっきり言え」
「依頼料のことで、その……」
腕を組んでいた一空が無言で圧をかけてくる。
怖い……。
「おいくらでしょう? 実は私、除霊料……」
「浄霊だ」
すぐに訂正が入る。
「実はその浄霊料を支払うお金がなくて。バイトは今、探していますが」
頭の上で、ふっと笑ったような気がした。
何よ、その嫌味な笑いは。
「紗紀が払えるような金額ではない」
それを聞き、紗紀の顔がさっと強ばった。
どうしよう。
また、この間のように逃げてしまおうか、などと物騒な考えが頭を過ぎりかけたその時、店の扉が開いた。
ー 第21話に続く ー