愛のある人間関係を築いていきたい。(1122を見た)
今日は風呂にも入らず昼まで寝まくって、1122(いい夫婦)というドラマを見ている。
ずっと気になっていたけどなかなか手をつけられなかった。婚外恋愛公認の夫婦の話ということを知って一気に興味が湧いて見た。
めちゃくちゃ面白くてどハマり。。一気に4話まできた。以下ネタバレあり。
登場人物全員に共感してしまう。
昔はそんなことなかったのに、いつしかセックスがなんとなく無理になっていく感覚。家族になると、というか長い時間を過ごすとどうしても避けて通れないというか仕方ない変化な気がする。完全なレスとまではいかなくても、そんな風になりかけたことが昔あったなあ。
レスになったきっかけの、イチコの断り方は相手の気持ちを考えてなさすぎてあ〜こりゃ心が死ぬなあ、とも思ったし、でもそうやって雑になってしまうイチコの心境も心当たりがありすぎて、どちらもわかりすぎてつら〜〜〜ってなる。
ただこの二人は恋愛感情を乗り越えた先にある人としての愛情みたいなものが確かにあって、いい夫婦だなあと思う。
イチコの実家に帰って、仲の悪い母親が嫌い、介護なんてしたくないと話したとき
「イチコちゃんが苦しくならない選択を考えよう、俺もいるし」みたいなことをおとやんが言っていて、あ〜こういう人と結婚したいなあ、こういうのが愛だよな、と思った。
おとやんが不倫相手のなーちゃんに、この婚外恋愛は妻公認だと告白したシーン、なーちゃんのセリフがうろ覚えだけどマジで刺さる。
私とおとやんは性欲とかそういう恋愛感情でしかなくて、奥さんとは愛がある関係で、私はそこをうまくいかせるための緩衝材でしかないの?みたいなセリフ。
まーーーーーーじでそれよな〜〜〜。結局どちらかの気持ちに温度差があったり求めるものが違うとどちらか一方がすごく我慢したり傷つく結果になってしまうね。お互いに割り切れていて、需要と供給が一致していればそんなことにはならないのにね。
おとやんもおとやんで別になーちゃんを傷つけるつもりはなくて、ある程度の信頼があるからこそ話したのかもしれないけど、なーちゃん側から見るとクズでしかないんよな。おとやんも色々と一人で考えて、俺クズじゃね?って気づいているのがとてもいい。多分世の中のクズと言われる大半はそこまで気付けないんじゃないか。
一人で自分や人の気持ちを考え続け、そこに気づけるおとやんだからこそ、いい夫婦関係を築けるのかもな〜。
でも意識的にはもちろん、無意識でも、人の気持ちを弄んだりとか、そういう人から恨みを買うようなことをしないように生きたいな。剣山で股間刺されたくないから。。笑
なーちゃん・高良健吾の夫婦もな〜(役名忘れた、なんだっけ笑)
ああいう冷たそうな何考えてるか分からない男に惹かれてしまう気持ちすげーわかる。そういう冷たそうな人がたまに思いやりっぽいものとか、ああこの人も心があるんだって思うようなそぶりがあるとなんか嬉しくなっちゃうのよね。このドラマでいえばストーカーから守ってくれたり、家に来ても手を出さなかったりとかみたいな。しるこサンドを美味しいと思うんだっていう意外な一面とかもギュンってなるんだよなあ(語彙力)
野良猫が徐々に懐いてくれて仲良くなれた時みたいな。やっぱり初期の恋愛感情って人間をバグらせるよなぁ。恋愛感情があるうちは何もかもがよく見える。
でも家庭を築いたり永く付き合っていくためにはやっぱり人間性が大切なんだよねえ。
お金を稼いで妻の行動には口を出さない俺は父親としての役割を全うしている、と信じて疑わない姿勢、家庭や子育ては妻の役割だろう、とかもひえ〜〜最低〜〜〜ってなるんだけど、でも多分、夫自身もそうやって育てられてきていて、そういう愛し方しか知らないんだよな、この人もこの人で悪くはないんだよな、とか色々思うわぁ。複雑。
家庭を顧みないくせに妻が不倫していることには敏感で納得がいかない感じもなんかなぁ。単身赴任は絶対ダメで、一緒に海外の転勤先についてくる以外選択肢がなくて、相談もなしに決めてしまうところ。いや不倫はダメなことなんだけど、でもこんな冷たい家庭で、歩み寄ろうとしても相手にその気がないとか通じない状態が続けば外に心の温もりを求めてしまうのは仕方ないことだと思う。法律とか世間的にはダメなのは前提としてね。でも人間って感情の生き物だからやっぱそんな簡単な話じゃない、とどうしても思ってしまうな。
おとやん夫婦の話に戻って、自分が原因だし婚外恋愛も仕方ないと、割り切れるつもりだったのに
やっぱり嫌だったんだと自分の気持ちに気づくイチコもよく分かる。心って本当に難しくて、刻一刻と変わるものだと思う。
私も昔、アプリで付き合った年下の彼氏が実は女性用風俗で働いていたことがあって
でも彼は本気でその仕事に誇りを持ってやっていて、内容はどうあれその姿勢が好きだったし応援したくて別にいいよ、と容認していたことがあった。
最初は本気で相手を尊重したいと思っていたし気にしなかったけど、やっぱり段々と割り切れなくなってきて
原因はそれだけじゃないけど最終的に別れてしまったことがあり。だからなんかとても共感してしまう。
このドラマを見ていると私は相手とどんな関係性であれ、愛のある人間関係を築いていきたいんだなあっていう気持ちに気がついた。
そしてそのためにはやっぱりそういう関係になれそうにない相手の相手をしないこと。そしてまたそのために、自分が求めている人を正しく好きになり大切にするためには自分を大切にすること・自己肯定感が必須だなと改めて思った。
20代は男遊びみたいなこともたくさんしたし、もうとにかく衝動的で感情に任せたような生き方をしてきた気がする。
今もそういう面はあるかもしれないけど、30代に入ってこの先の人生どうしたいのかより一層深く考えるようになった。
出産のタイムリミットとか、体力気力のある若さがいつまで続くのかとか、そういうのがリアルになってきたからかなあ。
お金を払って風俗で性欲を発散することも別にいいとは思うし、私もやったことがあるけど、結局なんとなく虚しくなるというか
どこか満たされない気持ちになったりする気がする。
このドラマを見ていると、やっぱおとやん夫婦みたいな人間愛のある恋がしたいなあ〜と思う。お互いに困ったときやピンチの時こそ寄り添えて、逃げずに対話ができる関係性。
今までは恋愛感情の昂りだけですぐ付き合っては別れ、みたいなことが多かったし、恋愛だけじゃなく人との関係も何か一つうまくいかなくなると切ってしまったりしてた。
けどこれからは永く付き合える安心感や信頼感のある関係を大切にしていきたいなあ。
自己犠牲じゃなくて、人も自分も大切にできる関係性。
私は親が喧嘩まみれで不仲→結果離婚しているので結婚に夢が持てなくて
子供も自分が親なんて可哀想と思うので産まないのが愛だろ、と思っている節があるけど
それって心の底の底では幸せな結婚や子供に憧れていて、本当はしたい、というのが望みなのかもしれないなと最近思う。
ずっと恋人のような関係性でいたい。でも結婚してしまったらもう恋ができないのも辛い。
ポリアモリーに近い価値観もどこかにある気がするから、お互いに恋人を持つこともOKな関係性もいいなと思う時もあるけど、そこまで成熟した大人になれてないので、自分はいいけど相手に恋人がいるのは嫌、とか思ってしまう自分もいて難しい。
NANAのヤスのような博愛主義者に憧れる。ナナが他の男と結ばれても大切に思える男になりてぇよ、とレンが言っていたセリフがあったけど、その人が好きで大切で愛しているからこそ、その人の幸せを願えるみたいな人間になりてぇよ....
なんかちょっと脱線したけど、最近加藤諦三の本にハマって読み漁っていることもあってか、余計に面白いわ〜このドラマ。
最高の離婚とか大豆田とわ子とかも大好きなんだけど、どうにもならない人間の感情みたいなテーマ大好きだ。
書きたいことは山ほどあるけどこの辺にしましょうかね〜。