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初恋 第17話

 墓碑ができてから、僕は墓地公園へよく遊びに行った。公園は、東西に伸びる広い砂利道の両側に芝生が敷き詰められていて、離れ小島のように墓碑が配置されていた。東の端の南側の隅が父の場所だった。ピアノも椅子も大理石でできていた。僕は椅子に座り、父の好きだった『ケ・セラ・セラ』を弾いている振りをする。すると緑の芝生はアフリカの草原に早変わりした。

空はあのアフリカの空。日差しを遮る桜の木の影が伸びて、その縁からこぼれるピンクの花びらが、風で舞い上がると視界が過去を呼び戻す。湖面から一斉に飛び立つフラミンゴ……叫び声と翼音……何かがいる気配がして我に返ると猫がいた。

彼はピアノの上にちょこんと座って僕を見ていた。青い毛で全身を覆い、目は緑色。帰ろうとするとついて来る。僕が立ち止まると彼も立ち止まった。歩き出すと彼もそうした。彼は一定の距離を置いて僕の後ろを歩いた。バス停で僕がバスを待つ間、彼は姿を消した。バスに乗るとき、振り返ったがやはり見当たらなかった。僕は落胆した。できかけた友達が急に転校したような寂しさを感じた。

でも家に戻ると彼がいたのだ。彼は机の上に座っていて、僕を見ると二本の前足を後頭部で組んだ。僕が彼に「ラスト」と名前をつけたのはその時だった。父はよく、両手を頭の後ろで組んだ。この猫と仕草がそっくりだった。

「夕食ができたわよ」階下からルイスが呼んだ。
僕の好きなカボチャスープの匂い。円卓。僕の右側にルイス。いつもなら父が左側に座っていただろう。そこに今、猫のラストが座っていた。僕はラストを見ながら尋ねた。

「ねえ、お母さん。この猫飼っていい?」
「どんな猫だい?」
「どんなってこんな……」
僕はラストを指差した。ルイスは不思議そうな顔をした。その時僕は知った。ラストは僕にしか見えない! 

自分の部屋に戻るとラストもついて来た。そして僕が勉強を始めると机の上に座って僕を見た。十歳の僕にとって学校の算数はあまりにも簡単だったから宿題は一分で終わった。
「退屈かい? じゃあ、問題を出そうか?」

僕は目を見開いた。猫が喋ったからだ。彼はどこから調達してきたのか、小さなホワイトボードを背後からひょいと出して僕と彼の間に置いた。それにペンで数式を書き出した。

何て器用なんだろう。僕に見せるために、彼は逆さまに文字を書いてゆく。彼の前足はまるで人間の手のように動いた。僕はぽかんと見ているだけだった。ラストはさも当然のように一次方程式について説明した後、演習問題を出した。

 翌日から僕の生活は急に色づき始めた。学校の友達と遊ぶより、ラストと過ごす方が楽しくなった。ラストは僕が学校から帰ってくると、机の上に座っていつもの、二本の前足を後頭部で組む姿勢でくつろいでいた。彼は僕のどんな質問にも答えた。

ルイスは僕が部屋で誰かと話している様子だから心配になったのか、時々覗きにきた。でも、僕がいつも机の前でニコニコしているから安心したのだろう。そのうち来なくなった。担任教師との親子面談でも何も問題は無かった。ただ、僕には授業が簡単すぎるようだと言われた。

僕が面白がるから、ラストは毎日、数学を僕に講義した。僕も母にねだってテキストを買ったりして頑張った。微積分まで理解した頃、僕は進級した。

 その頃、僕は新しい楽しみを見つけていた。父の書斎に入り浸って、父の蔵書を読んだ。それは、読書好きの父が、子供の頃から最近までと通った文字の運河だった。本は、整然と、壁に沿って天井まで並べてあった。子供向けの本もたくさん並んでいた。

僕は、「チョコレート工場の秘密」、「マチルダ」を読んで不思議な力に引き込まれた。「シェパートン大佐の時計」、「暗闇に浮かぶ顔」、「シャーロックホームズ」では、謎に取り憑かれた。「宇宙戦争」、「海底二万マイル」では科学に魅せられたし、「巌窟王」、「三銃士」では友情や愛や生きるための使命を感じた。

毎日ラストと話しているうちに語彙が高校生並みに増えていたので、どんどん読み進んだ。そのうち、僕は本の中に多くの恋が語られているのに気付いた。

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